言葉は時に凶器となり暴力そのものとなる。特にインターネット上の匿名によるそれは、陰湿で残酷になりやすく、拡散すれば集団リンチの様相を呈する。
女子プロレスラーの木村花さんが5月23日亡くなった。22歳だった。
フジテレビの人気番組「テラスハウス」に出演しており、番組中の言動に、会員制交流サイト(SNS)上で誹謗(ひぼう)中傷が集中していた。
木村さんの自宅からは遺書とみられるメモが見つかった。プロレスラーとしてどれほど悪役や強者を演じても、一人の若い女性として、悪意の集中砲火に耐えられなかったのだろう。
ネット上の流言や中傷などについては当初、悪貨は次第に駆逐、淘汰(とうた)されるとの、楽観的な観測もあった。残念ながら、そうはなっていない。悪意の対象は、必ずしも著名人とは限らない。ほんの些細(ささい)なきっかけで、子供を含む、誰もが被害者となり得る。現状を放置してはならない。
昨秋、女性タレントが名言を残した。「きちんと手続きすれば、ネットに匿名はない」である。
3年にわたりネット上で激しい中傷を受け続けた彼女は、弁護士を通じて「プロバイダ責任制限法」に基づく発信者情報開示を請求して投稿者を特定し、2人が侮辱容疑で書類送検された。
ただ同法による情報開示手続きは時間がかかり、投稿者を特定できない事例もあることから、総務省で見直しを検討している。
高市早苗総務相は5月26日、発信者の特定を容易にするための制度改正を「スピード感を持って行う」と述べた。
業界にも動きがある。ツイッター、フェイスブック、ラインなどを運営する日本法人などインターネット事業者は「ソーシャルメディア利用環境整備機構」を設立した。児童の性被害や誤情報の拡散などの問題に対処するためだ。ネット空間から悪意を排除するには事業者の主体的な取り組みが欠かせない。
匿名の全てを取り締まれとは、いっていない。善意の匿名は美しい。ただ、匿名の陰に隠れて人を傷つける行為は卑劣である。
ネット上にみられる行き過ぎた「自粛警察」や、ヘイト行為も同様だ。SNSの利便性を保つためにも一定のルールや歯止め策が必要である。
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2020年5月27日付産経新聞【主張】を転載しています