ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)が、今夏に開催予定だった東京五輪・パラリンピックを標的に、サイバー攻撃を仕掛けていた。英政府の発表である。
ラーブ英外相は「無謀な行為であり最も強い言葉で非難する」と強調した。英メディアによれば英政府が攻撃による妨害を阻止した。
米司法省も2018年の平昌冬季五輪などを標的にサイバー攻撃を行ったとして、GRUのハッカー6人を訴追した。同省の高官は「ロシアほど悪意を持ってサイバー能力を兵器化した国はない」と批判した。
日本では、加藤勝信官房長官が会見で「個別事案はコメントを避けたい」とし、一般論として「民主主義の基盤を揺るがしかねないサイバー攻撃は看過できない」と述べるにとどまった。東京五輪の組織委員会は「事柄の性質上詳細を明らかにできないが、関係機関と緊密に連携し、対策の徹底を図っていく」とコメントした。
これが標的とされた、わが国の実情である。英米の力を借りなくてはサイバー攻撃に対処できず、強く抗議することもできない。
ロシアは組織的なドーピング問題を抱え、世界反ドーピング機関から東京五輪・パラリンピックを含む主要大会からの除外処分を受けていた。その反発から妨害工作を画策した可能性がある。
ロシアによるサイバー攻撃の標的は五輪だけではない。今年の米大統領選をめぐっても、米マイクロソフト社が9月、GRUとつながりを持つ露ハッカー集団によるトランプ、バイデン両陣営への組織的なサイバー攻撃を探知したと発表した。
GRUは15年にウクライナの電力網、19年にジョージア(グルジア)政府機関のサイトにサイバー攻撃をかけるなど近隣の親欧米国に対する工作にも余念がない。
サイバー空間における攪乱(かくらん)、情報戦は国家レベルの戦いだ。ロシアのみならず、中国、北朝鮮なども国家機関がサイバー攻撃を仕掛けていると指摘される。
2年前の平昌冬季五輪では開会式当日の会場に障害が生じ、これを受けて「サイバーセキュリティーに関する万全の体制構築が喫緊の課題だ」と述べたのは、官房長官時代の菅義偉首相だった。
「喫緊の課題」は、置き去りのままなのではないか。
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2020年10月21日付産経新聞【主張】を転載しています