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中国当局が反スパイ法違反の疑いで3月に拘束していたアステラス製薬の50代の邦人男性社員を逮捕した。男性は今後起訴され、刑事裁判が行われる見通しだ。
邦人の拘束は2014年の反スパイ法施行以降だけでも今回を含め17人もいる。うち1人は帰国を果たすことなく中国で病死した。11人は帰国したが5人は拘束や監視下などにある。
日本政府はあらゆる手段を尽くして邦人解放を速やかに実現させねばならない。
刑事訴追という個人の人権を大きく制約する措置を取る以上、中国当局にはなおさら、その理由と根拠を公に説明する責任がある。だが、中国側はこれまで邦人拘束などの容疑について詳しい説明をしていない。
アステラス製薬のケースでは、中国外務省報道官が「中国は法治国家だ。法に基づいて事件を処理する」とだけ述べた。同法の裁判は非公開で行われるとみられ、公正な審理が行われるかは極めて疑わしい。
そもそも反スパイ法自体が大きな問題を抱えている。14年に施行された反スパイ法は、今年4月の改正でスパイ行為の定義が拡大された。
従来の「国家機密」だけでなく、「国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料、物品」の提供や窃取も取り締まりの対象となった。しかし、「国家の安全と利益」とは何を指すのか、どのような行為が罪に問われるのかは明確にされず、極めて恣意(しい)的な運用が可能だ。
摘発を恐れ、中国からの撤退を検討する企業や中国出張を見送る企業が続出するのも当たり前だ。日系企業団体が今月発表した会員アンケートでは「今年の投資はしない」「前年より投資額を減らす」との回答が約半数に上った。
「国家の安全」を最優先する方針が、中国の経済や外交に負の影響を及ぼしている現実を習近平指導部は直視すべきだ。
日本政府の対応はあまりに弱腰だ。日中平和友好条約45周年にあたって、岸田文雄首相が中国の李強首相へメッセージを寄せたが、邦人拘束には直接ふれず、「(両国は)多くの課題や懸案に直面している」との文言にとどまった。
自国民の生命と身の安全を守ることは、政府の最も重要な責務である。
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2023年10月31日付産経新聞【主張】を転載しています