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スポーツは時に、こうした奇跡の瞬間を見せてくれる。それは人の心を震わせ、勇気を与えてくれる。これもスポーツの力といえるだろう。奇跡の目撃者となれた幸福に感謝したい。
白血病の発症で、一時は東京五輪への出場を断念していた競泳女子の池江璃花子が、日本選手権の女子100メートルバタフライを制した。日本水連が設定する400メートルメドレーリレーの派遣標準記録も突破し、東京五輪のリレー代表に決まった。
決勝のプールへは「ただいま」とつぶやいて入場した。ゴール後に1位を確認し、泣きじゃくる池江を「おかえり」と抱いて祝福したのは、決勝で彼女に敗れた選手たちだった。昨年3月、入院の闘病生活からプールに復帰した際のやせ細った体を思えば、この復活を「奇跡」といって、何らはばかることはない。
自身、涙ながらのインタビューでは「自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていた。すごくつらくてしんどくても、努力は必ず報われるんだなと思った。今はすごく幸せ」と語った。
実生活では、必ずしも努力は報われないことがある。それでも、こうした大きな成功例を目の当たりにすれば、もう一度、自分を信じてみようとの気力もわく。
特に同じ病と闘う患者や家族に与える勇気は大きいだろう。かつて不治の病とされた白血病は十分に回復が望めるだけでなく、一流競技者として復帰することも可能なのだと彼女は教えてくれた。
池江の言葉を思いだす。昨年7月、東京五輪開会1年前のイベントでは、国立競技場で聖火を灯(とも)したランタンを手に「逆境からはい上がっていくときには、どうしても希望の力が必要です。世界中のアスリートと、そのアスリートから勇気をもらっている全ての人のために。1年後の今日、この場所で希望の炎が輝いてほしいと思います」と語った。
池江はあきらめなかった。東京五輪への出場権を自らの努力で勝ち取った。なんとしても五輪本番のプールで泳がせてあげたい。
東京五輪の開催も、簡単にあきらめてはいけない。新型コロナウイルスは手ごわいが、感染抑止を前提とする五輪の開催は、社会を取り戻す戦いと同義である。五輪はスポーツの新たなドラマを、たくさん見せてくれるはずだ。
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2021年4月6日付産経新聞【主張】を転載しています