達成には原発の活用が必要だ
日本も2050年までに、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス排出の実質ゼロを目指すことを、菅義偉首相が10月26日の所信表明演説で宣言した。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による地球温暖化への警鐘や、地球の平均気温上昇を2度未満に抑えようとする「パリ協定」の目標に促され、「脱炭素社会」の実現が世界的な潮流になっている。
石炭や石油などの消費を減らし、将来世代への資源温存にもつながる。20世紀の半ば以降、人類は化石燃料を多用し、膨大な量のCO2を大気中に放出してきた。大量消費を改め、持続可能な社会を志向する姿勢は是である。
社会経済への副作用も
だが、供給が不安定な太陽光などの再生可能エネルギーに頼ったカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現可能性は大いに疑問であり、脱炭素化に向け極端にアクセルを踏み込むことによる社会経済への副作用も心配だ。
パリ協定で日本は30年度に13年度比で26%の温室効果ガス削減を公約しているが、現状ではその達成さえ危ぶまれている。
日本の温室効果ガス排出量は近年、右肩下がりを示している。しかし、それは景気低迷や暖冬によるところが大きい。新型コロナウイルス禍が収まれば、排出はたちまち増加に転じるはずである。
また、温暖化問題への取り組みには大局的な視点が不可欠だ。日本の温室効果ガスの排出量は、世界全体の4%ほどである。必死の努力でパリ協定での公約量を達成したとしても世界規模では1%が減るにすぎない。
世界一の排出大国・中国がパリ協定で示した「30年の排出量ピークアウト」は、30年までの排出増大宣言に他ならない。地球全体にとって日本の血のにじむ26%削減は全く無意味というわけだ。
この中国が9月下旬、「60年までのCO2排出の実質ゼロ化」を表明した。習近平国家主席による国連総会の演説である。
「50年の排出ゼロ」を目指す動きは昨年あたりから勢いを増しており、欧州連合(EU)をはじめ100カ国以上が表明済みだ。
安倍晋三前政権は今春、パリ協定の日本の削減目標値を26%のまま据え置くことを国連に伝えるなどしていたが、国際社会の動きに抗することが次第に困難になりつつあった。菅新政権は、世界の潮流に棹(さお)さした以上、理にかなった排出削減と気候変動による自然災害の低減に向けて現実的かつ賢明な戦略を練ることが必要だ。
菅氏は、技術革新を通じて温暖化対策と経済成長が両立し得る「グリーン社会」を実現しようとしている。具体的にはCO2を化学素材や燃料として再利用するカーボンリサイクルなどによる脱炭素技術の促進だ。人工光合成の実用化も含まれているだろう。
技術革新の積極推進を
こうしたブレークスルーを成功させるには、国富の充実が欠かせない。その経済力の足固めには第一に安価で安定した電力の確保が必要だ。デジタル社会にもスーパーコンピューターの稼働にも大量の電力が求められる。
だが、現状では将来に向けての電力生産体制が傾いている。原発は脱炭素社会の強力な推進システムだが、福島事故後は9基が再稼働を果たしたにすぎない。原子力規制委員会に効率的な安全審査を強く促すことも必要だ。
拡大中の太陽光発電は、今や大面積で山林を切り払い、生物多様性を脅かす存在にもなっている。森林は「実質ゼロ」実現に必須のCO2吸収源だが、それを破壊しては意味がない。
石炭火力発電の削減計画もエネルギーの多様性を損なうという点で問題だ。日本が資源に乏しく、かつ島国であるという地政学的な認識の希薄化が心配だ。政府による「エネルギー基本計画」の改定作業が始まったところだが、原発の新増設と途上国への協力を視野に入れた高効率石炭火力の保全を盛り込んでもらいたい。
高度なエネルギー生産技術は不可逆的であることも為政者は心しておくべきである。浅慮で放棄すれば再構築は、ほぼ不可能だ。
環境と経済は一体で、地球温暖化防止への世界の取り組みには各国の国益がかかる経済戦争の側面が付随する。それを忘れると2050年の日本は沈没する。
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2020年10月28日付産経新聞【主張】を転載しています