イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が、米国の仲介により、国交正常化で合意した。イスラエルは引き換えに、ヨルダン川西岸の入植地の併合計画を停止する。
イスラエルは1948年の建国以来、アラブ諸国と4度、戦火を交えた。国交を結ぶのは3カ国目で、94年のヨルダン以来となる。米国の仲介と双方の歩み寄りを歓迎したい。
合意は、米国主導の「イラン包囲網」が強固になったことを意味する。イランは核開発を進め、周辺国の親イラン勢力への支援を通じて影響力を拡大させている。これを地域の脅威とする認識が中東各国に広がっていた。
UAEと同様にイランと敵対するサウジアラビアなど、他の湾岸諸国が今回の動きに追随し、中東の勢力図が変わる転換点となる可能性がある。日本は原油の9割を中東に依存する。事態の推移を注意深く見守らねばならない。
留意すべきは、この動きが一方で、新たな不安定要因を生じさせたことだ。最大の懸念は、イスラエルとの和平交渉が停滞しているパレスチナ問題である。
アラブ諸国では、「2国家共存」によるパレスチナ国家の樹立を条件にイスラエルと国交を結ぶことが共通認識だった。今回の国交正常化はパレスチナの頭ごしになされた格好であり、自治政府は「パレスチナ人を裏切る行為」と強い抗議の声を上げている。
確かにイスラエルが入植地併合計画の停止を表明したのは合意の成果といえよう。当面、中東の火種の一つがなくなった。
だが、そもそも占領地の自国領土への編入は国際法違反だ。併合計画は世界の大半が反対し、撤回を求めていた。その中での合意によりパレスチナ和平交渉の停滞が固定化する恐れがある。パレスチナの孤立が深まり、過激派の動きが活発化すれば、テロや衝突のリスクも高まる。
シリア、イエメンの内戦など、中東は数多くの困難を抱える。今回の合意はこうした状況を変えるものではないが、安定に向かうきっかけとしたい。
トランプ米大統領は、この合意で、「米国が中東にいる必要はなくなった」と述べたが、間違っている。中東の安定のため、軍を含む米国の存在は欠かせない。何よりパレスチナ和平交渉の仲介者であることを銘記すべきである。
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2020年8月19日付産経新聞【主張】を転載しています