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「飯田線秘境駅号」は、東栄駅を11時35分に出発した。さあ、お昼にしよう。
もちろん、駅弁である。その名も「飯田線秘境駅オリジナル弁当」。お値段は1千円也。
掛け紙には、代表的な小和田駅など秘境駅の数々が描かれており、373系電車の写真が据えられており、明治の御代から豊橋駅とともに歩んできた駅弁界の老舗、壺屋弁当部さんの手になるものだ。
松花堂弁当の一種で、9つの区分けにエビのチリソースとご当地名物・味噌(みそ)カツをメインに、野菜の煮物や炊き込みご飯などが品よく並んでいる。
駅弁のお供は、サンケイ2号君がわざわざクーラーボックスとともに持ち込んでくれた奈良・吉野の銘酒「八咫烏(やたがらす)大吟醸」である。
「地酒はないの」と聞きかけたが、「香りがとてもいいんですよ」と勧められると、ノーとはいえない。
いやぁ、実にうまい。
どうして列車で飲む酒が、これほど旨(うま)いのだろう。駅弁のおかずが、つまみにちょうどいい塩梅(あんばい)になっている。
2号君は、車両だけでなく、日本酒の選球眼もなかなかのものだ。
思えば、汽車旅の大きな楽しみの一つに駅弁があった。
「あった」と過去形にするのは、さすがに少々オーバーで、忸怩(じくじ)たる思いがするが、「ある」とするには、無理がある時代になった。
京王百貨店をはじめとする各地のデパートで開かれている「全国駅弁大会」は今も盛況だが、名物駅弁を列車の中で味わうのは、かなりの覚悟と困難を伴う。いまや駅弁は、デパートの催事で味わうものとなった。
まずもって新幹線や特急が高速化し、乗車時間が少なくなって車内で食事をしなくて済む場合が多くなった。
朝食を食べて午前10時に東京を出発すれば、新大阪に午後0時半に着き、旨いきつねうどんにありつける。昭和の昔、ひかり号は東京―新大阪間は3時間10分で走っていたからこの40分差は大きい。
もう一つは、車内販売で駅弁を売らなくなったことだ。車内販売自体もJR北海道が全廃したように絶滅危惧種になっている。かつては、途中下車せずとも山形新幹線「つばさ」では、米沢駅の牛肉弁当を、札幌―函館を結ぶ特急「北斗」に乗れば、長万部駅のかにめしを堪能することができた。
そんな旅情あふれるサービスが消えてなくなったのである。
コンビニの急速な増加で、比較的単価の高い駅弁を買わず、サンドイッチやコンビニ弁当を持ち込む乗客が多くなったのも辛(つら)いところだ。せっかくの旅で「日常食」を食らうのは、あまりにも味気ない。
「昔は車内で駅弁を食ったもんじゃ」と愚痴る年寄りにはなりたくないので、ぜひ、皆さんも旅に出られたら少々高くても駅弁を買ってください。
駅弁を食すのは、地方文化を守るのと同義なのである。
と、すっかり酔いが回ったところで、大嵐(おおぞれ)駅など秘境駅エリアに入った。続きは明日のこころだぁ!
筆者:乾正人(産経新聞)
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6月7日産経ニュース【令和阿房列車で行こう】を転載しています