~~
古典芸能である落語をやっているだけあって、映画はクラシックといわれるものが好きだ。近ごろ見たものだと、女優のキャサリン・ヘプバーン。20世紀のハリウッドを代表する大女優だ。
キャサリン・ヘプバーンは落語の登場人物と重なるところが多い。いわゆる女性的な色気で人をひき付けるというより、男勝りな魅力がそう思わせるのかもしれない。
落語にもいろんな女性が出てくる。商家のおかみさん、遊女、町娘、芸者、糊屋のばあさん。なかでも一番演じる機会が多いのは、長屋のおかみさんだろう。下町の庶民である八五郎、熊五郎が主人公であることが多いのだから、そのおかみさんがよく出てくるのは当たり前だ。落語の中身にもよるけど、だいたいこのおかみさんはどこか開き直っていて、亭主を怖がらせるくらい気が強くて、しょっちゅうケンカをしている。
女優のキャサリン・ヘプバーンもそんな感じの役どころが多い。実際のヘプバーンも、勝ち気で自律した性格だったそうだ。もっとも大女優だからその上で気品や風格があるのだけど、サバサバして細かいことにこだわらない、サッパリした性格という感じだろうか。少なくとも作品の中ではそんな役が中心で、そのへんが江戸っ子のおかみさんと似ているのかもしれない。
ヘプバーンの作品で好きなのは「若草物語」「アフリカの女王」「アダム氏とマダム」「旅情」「招かれざる客」「冬のライオン」「黄昏」「めぐり逢い」など。
「若草物語」の主人公ジョーは若い頃のヘプバーンにピッタリの役だ。アメリカの南北戦争時代の四姉妹を描いた物語。なかでも次女のジョーはボーイッシュで、父親が戦争に出ている間、母親とともに家族を支えながら成長していく姿が描かれている。
「アフリカの女王」はアフリカに布教に来た宣教師の妹役。第一次世界大戦の戦火に巻き込まれながらも、アフリカの女王号の船長ハンフリー・ボガートと恋に落ち、手を取り合って敵に立ち向かっていく。尻込みする男よりも強気なところはヘプバーンらしい。
「アダム氏とマダム」では一つの発砲事件をめぐって、亭主である検事と法廷で争う女性弁護士を演じた。相手が誰だろうと、自分の正しいと思うものは決して曲げない。強い信念を持った女性が主人公のコメディーだった。
「黄昏」というのは名優ヘンリー・フォンダと共演した映画だ。きれいな湖畔で過ごす老夫婦と、その家族の心の交流を描いている。2人の名優は老境に差し掛かって若い頃のような元気はないけど、出てくるだけで面白い。
落語の名人の古今亭志ん生が晩年、高座に上がって居眠りを始めたので、弟子が起こそうとするとお客さんから「寝かしといてやれよ」と声がかかったという。お客さんは見ているだけで幸せ。名人の存在感というのは、そういうものなのかもしれない。
もちろん「黄昏」の2人の名優はスクリーンのなかで居眠りするわけはないけど、その演技を見ているうちに、名人というのは積み重ねた芸の年輪と存在感でお客をうならせることができるんだなと思った。ヘプバーンが演じた勝ち気な女性像を、落語の参考にできれば面白いと考えている。
筆者:立川らく兵
宮崎県出身。平成18年8月、立川志らくに入門。24年4月、二ツ目昇進。
◇
2021年2月20日産経ニュース【志らくに読ませたい らく兵の浮世日記】を転載しています