新型コロナウイルス感染症では重症化する患者を早期に見極め、適切な治療を行うことが重要だ。そこで血液や尿に含まれる物質などを「目印」にして、どんな人が重症化するのかを探る研究が始まった。予測が実現すれば、死亡率の低下や医療崩壊の防止につながると期待される。
見極める手段なく、難しい治療
千葉大の中山俊憲教授によると、新型コロナ感染者の8割は軽症で、重症は1割程度と少ない。ただ、どんな患者が重症化するのか見極める手段がないことが治療を難しくしている。
糖尿病や高血圧など基礎疾患を持つ人は重症化する傾向が強いが、直接的な因果関係は解明されていない。高齢者も重症化しやすいとされるが、同大付属病院では若く健康な人が急速に重症化するケースもよくみられる。
重症化が進むと、患者は自分で呼吸できなくなる。体外式膜型人工肺(ECMO)など特殊な生命維持装置が必要となり、看護師も通常の3~4倍が付ききりだ。患者のためにも医療崩壊を防ぐためにも、重症化の予測は喫緊の課題だ。
血流を阻害する物質に着目
そこで千葉大チームが着目したのは、血液に含まれる血小板に由来する「Myl(ミル)9」というタンパク質だ。血管や気道で炎症が起きた際に増え、血管内で網状になって血栓に付着し、血流を阻害することが知られている。
新型コロナでも、重篤化すると全身の血管で炎症が起きて血栓が生じる。このタンパク質の血中濃度が軽症の段階で増えている人は重症化しやすい可能性があるとみて、8月から臨床研究を開始した。
他の医療機関と連携し、患者100人について血中濃度の変化を解析。重症化予測の目印として使えそうか年内に結論を出す。重症化する可能性が高い患者が分かれば、血栓を溶かす薬の投与などを早く行うことで症状の悪化を防げる。横手幸太郎病院長は「新型コロナには防戦一方だったが、反撃ができるかもしれない」と話す。
国立国際医療研究センターの研究チームは、尿に含まれる「L-FABP」というタンパク質に注目して重症化の予測に取り組んでいる。腎臓で血液の流れが悪くなったときなどに、尿中に多く出てくる物質だ。
入院当初に軽症だった患者41人の尿を採取し、尿中の量と症状の関係を調べたところ、量が多かった13人のうち8人が1週間後に症状が悪化。うち2人は人工呼吸器が必要なほど重症化した。量が正常だった28人は、1人だけ悪化したが重症化した人はいなかった。
重症化予測の目印になる可能性があると期待しており、チームの片桐大輔医師は「さらに多くの患者を対象に研究を進め、実用化を検討する」と話している。
少ない患者数が壁
遺伝情報から重症化を予測する研究も始まった。慶応大や京都大、大阪大などは5月、免疫の働きや多様な病気の発症に関わる「ヒト白血球抗原(HLA)」という物質に着目し、共同研究を開始した。
HLAは人によって異なり、血液型のように免疫型と呼ばれる。新型コロナ患者600人分の血液を分析し、重症化しやすい免疫型や遺伝子配列を調べており、慶応大の金井隆典教授は「今月下旬に中間報告をする予定で、予測方法の確立につなげたい」と話す。
ただ、調査対象の患者はまだ少なく、基礎的な研究にとどまる。金井氏は「今後は3千人程度に拡大する必要がある」とみる。千葉大の臨床研究でも、早期に実用化するには千人以上が必要という。
背景には、日本国内の患者数が海外に比べて少ないため、検体を集めにくいという事情がある。中山氏は「国内の医療機関が連携して、さらに大規模に情報を共有できる仕組みの構築が急務だ」と指摘した。
筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)