NanoTerasu 001

The next-generation synchrotron radiation facility "NanoTerasu" nears completion at the AobaYama Campus in Sendai. (Provided by the Photon Science Innovation Center)

完成近づく次世代放射光施設「ナノテラス」
=仙台市青葉区(光科学イノベーションセンター提供)

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仙台市青葉区で整備が進み、6月に愛称が「ナノテラス」と決まった次世代放射光施設は、建屋の99%が完成し、残るは分析用機器の搬入と組み立て、調整という最終段階に入った。低エネルギーの軟X線を用いて、物質をナノレベル(100万分の1ミリ単位)で観察する巨大な顕微鏡で、来年12月予定の稼働後は、革新的な新素材の開発や効率的な創薬などへの利用に期待が高まる。大詰めを迎えた建設現場を取材した。

 

 

「NanoTerasu(ナノテラス)」の愛称が決まった次世代放射光施設を見学する披露式の出席者=6月6日、仙台市青葉区

 

調整待つ機器

 

JR仙台駅から車で約20分、緑豊かな東北大青葉山新キャンパスの山道を登っていくと、急に視界が大きく開けた。敷地面積約6万平方メートルの建設現場では、一部でまだ重機が稼働しているが、巨大な建屋は既に完成しているように見える。

 

整備を進める光科学イノベーションセンターの高田昌樹理事長(東北大教授)は、広い実験ホールを眺めながら「建屋の形ができてきて、いよいよ新しいことが始まる実感が高まってきた」と感慨深く語る。

 

分析の仕組みはこうだ。直線の加速器で電子をほぼ光速に加速。円形のトンネル内に設置した周長約350メートルの電子蓄積リングに撃ち込み、複数の電子が塊になった状態で周回させる。リングには電子の進む方向を円形に整えるとともに、電子の塊を拡散させず集中させる働きを担う電磁石のユニットがずらりと並ぶ。

 

電子の塊は電磁石で向きを変える際、光の一種であるX線を放射する。この放射光をビームラインでトンネルから実験ホールに取り出し、分析装置内の物質に当ててナノレベルで状態や機能を照らし出す。まさにナノテラスの愛称通りだ。

 

建屋内には、組み立てや調整を待つこれらの機器が所狭しと置かれている。建屋の完成度の残り1%は、すべての機器の搬入が終わった際に、壁に設けた搬入口をふさぐことだという。

 

 

低エネルギー

 

ナノテラスは次世代型の放射光施設だが、兄貴分に当たる日本の代表的な現世代型の放射光施設「スプリング8」(兵庫県佐用町)と、どう違うのか。高田理事長は「現世代型は1ユニット当たりの電磁石が2個までだが、次世代型はそれより多く、ナノテラスは4個備える」と説明する。

 

電磁石は、数が多いほど電子の通り道の調整が難しくなる。そのため、現世代型は電子蓄積リングを巨大にすることで、電磁石を少なくして向きを変える回数を減らしている。一方、次世代型は最新技術で電磁石の数を増やし、何度も向きを変えるためリングが小さくて済む。ナノテラスのリング周長は、スプリング8(約1400メートル)のわずか4分の1にとどまる。

 

また磁石が多いと電子の塊を集中させる力が強く、放射光が明るくなる。ナノテラスの放射光は、現世代型の約100倍の輝度(明るさ)にも及ぶため、逆にエネルギーは低くて済む。ナノテラスの放射光は、3GeV(ギガ電子ボルト=ギガは10億)と低エネルギーの軟X線で、スプリング8が発する8GeVの高エネルギーな硬X線の半分以下だ。

 

 

革新的開発も

 

硬X線は物質の微細な構造を見るのが得意だが、ナノテラスの軟X線は、物質の状態や機能の観察を得意とする。極めて明るい光を当てるため、物質の状態や機能を決める電子の振る舞いや回転(スピン)まではっきりと見えるからだ。

 

1回に光る時間は15ピコ秒(ピコは1兆分の1)だが、2ナノ秒(ナノは10億分の1)間隔で照射されることから、静止画をつなげて電子の動きや化学反応が進む様子などを動画で見ることができる。そのため物質に対する理解が飛躍的に進展し、化学反応を促進する触媒や高分子材料の開発、磁性・スピントロニクス、創薬など、幅広い分野で革新的イノベーションを起こすことが期待されている。

 

ナノテラスは、今年度中に機器の搬入や設置を終了し、来年12月に最初の放射光を発して稼働。2024年4月に他の研究機関への供用を始める予定だ。供用開始後は、年間1万5000人の研究者が利用する見通しで、国内の経済波及効果は10年間で1兆9017億円に上ると試算される。

 

高田理事長は「世界中から多様な分野の研究者が集まって最先端の知識が共有され、数多くのイノベーションが生まれるだろう。日本の科学力向上にもつながるはずだ」と話している。

 

筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)

 

 

2022年7月17日付産経新聞【クローズアップ科学】を転載しています

 

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