Joe Biden 010

 

トランプ米大統領とその支持者たちは一夜にして「悪魔」となってしまった。一部のトランプ支持者の米国議会乱入がもたらした政治効果である。

 

だがトランプ陣営は民主党と主要メディアの大統領糾弾に対して「要件を満たせない弾劾や憲法修正25条での攻撃は4年前の政権発足時のトランプ氏への邪悪なレッテル貼りの悪魔化(demonization)と同じ」(保守系評論家グレグ・ジャレット氏)と反論する。

 

たまたま7日に開かれた共和党全国委員会でトランプ政権の国連大使だったニッキー・ヘイリー氏は議会への乱入を非難しながらも「この事件でトランプ政権の4年間の成果が軽視されてはならない」と強調した。同氏は次期の共和党大統領候補にも擬せられるインド系の女性政治家である。

 

だがいずれにしても米国政治の歴史は前に進んだ。国家として選挙の不正疑惑をめぐる混乱と対立からいよいよジョセフ・バイデン新大統領の1月20日の登場へと動くことが最終的に決まったのだ。その意味では米国の民主主義健在が証されたともいえよう。

 

となると次の関心事は当然、バイデン新政権の政策となる。この点では日本やアジアとしてすでに極めて気がかりな兆しがある。バイデン氏が中国への抑止の姿勢をこれまでよりは軟化させる予兆をみせるようになったのだ。

 

トランプ政権は中国の野心的な対外膨張に対する抑止の要として「自由(free)で開かれた(open)インド太平洋」という標語を一貫して掲げてきた。中国共産党政権の独裁体制が非自由で非開放だからそのあり方を抑えるという明確な政策意図の表明だった。

 

この政策標語はそもそも日本の安倍晋三氏が首相時代の2016年から対外的に打ち出したことは広く知られてきた。安倍氏も「自由で開かれた」という表現が中国の抑圧や閉鎖への抑止を意味することを何度も認めてきた。

 

ところがバイデン氏は選挙後の昨年11月中旬、日本の菅義偉(すが・よしひで)首相、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領、オーストラリアのモリソン首相との一連の電話会談で一貫して「安全(secure)で繁栄(prosperous)したインド太平洋」という言葉を使った。数日後のインドのモディ首相との電話会談でも同様だった。トランプ政権の政策標語はもう使わないという姿勢が明確だった。

 

「安全で繁栄」という状態は独裁で閉鎖的な体制下でも実現する。中国の政治体質への理念の挑戦が薄い標語だといえる。バイデン氏のこの姿勢にはすでに批判も明白となった。

 

インドの戦略問題専門家のブラーマ・チェラニー氏は「『自由で開かれた』という概念の撤回は民主主義促進への中国抑止政策の軟化を意味する」と外交雑誌の最新論文で警告した。

 

米国の東南アジア外交専門家のセバスチアン・ストランジオ氏もバイデン氏のこの「微妙だが重要な政策用語の変更」を取り上げ、「これまでのイデオロギー面での対中抑止の要素を弱め、中国と対立するインドや豪州の失望を招く」と批判した。日本にとっても深刻な課題であることは自明である。

 

筆者:古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)

 

 

2021年1月11日付産経新聞【あめりかノート】を転載しています

 

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