女子テニスのGNPセグロス・オープンで、試合を終えて握手するウクライナのスビトリナ(左)と
ロシア出身のポタポワ=1日、モンテレイ(ゲッティ=共同)
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ノーベル平和賞を受賞したロシア紙「ノーバヤ・ガゼータ」のムラトフ編集長はロシアのウクライナ侵略に「悲しみと恥ずかしさがある」と述べ、「ロシア人の反戦運動だけが地球上の命を救える」と主張した。米欧が軍事介入を否定し、経済制裁が即効性を持たない以上、その通りかもしれない。
ロシア国内では戦争に反対する声が各地で高まるが、当局は徹底した検挙と情報遮断で対抗している。圧政が声を封じ込めてきたのが従来の常だが、スポーツ界が上げる声が蟻(あり)の一穴となり、突破口となることを期待する。
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ロシアの選手からも少しずつ「声」は上がっている。
サッカーのロシア代表FWスモロフは自身のSNSに真っ黒な画像とともに「戦争反対」の文字を添えた。男子テニスのルブレフは試合の勝利後に「ノー・ウオー・プリーズ」とテレビカメラのレンズに書いた。
平昌冬季五輪のフィギュアスケート女子銀メダリスト、メドベージェワは「悪い夢のよう。一刻も早く全てが終わることを願う」と投稿した。
ウクライナの選手らがロシア、ベラルーシの選手を五輪、パラリンピックを含む全ての国際大会から除外するよう求めた合同要望書には世界各国の選手、団体が賛同し、対象両国の選手の名も含まれているという。
ロシア選手との対戦拒否を表明していた女子テニスの東京五輪銅メダリスト、スビトリナ(ウクライナ)は一転してメキシコの大会でコートに立ち、大勝した。
敗れたロシアのポタポワはインスタグラムに「涙、戦争反対」「この世界で私たちは人間であるべきだ」と投稿していた。スビトリナは「勇敢に反戦を訴えたロシアやベラルーシの選手には敬意を表したい」と訴えた。
女子テニスで昨年の全仏オープン準優勝のパブリュチェンコワは「私は、自分の見解を明確に表明することを恐れない。戦争と暴力に反対する。個人的野心や政治的な動機は暴力を正当化できない」とSNSに書き込んでいる。
強権国家にあって「声」を上げることは難しい。職や資格を失いかねず、身体の危険すら伴う。ロシア選手が重い口を開くには、苦楽を共にしてきた同じ競技の各国選手による連帯の意思表示が助力となる。日本の選手や団体幹部も静観を決め込まず、大いに声を上げてほしい。
アスリートの言葉には人を動かす力がある。そう信じるからこそだ。
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一例を挙げる。
チェコスロバキアでは1968年に「プラハの春」をソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍に蹂躙(じゅうりん)され、その後長く専制政治の暗黒の日々が続いたが、89年、学生デモへの弾圧を機に広く国民が民主化を求めて立ち上がり、無血の「ビロード革命」で自由を勝ち取った。
運動を決定づけたのは「東京の恋人」と呼ばれた体操のチャスラフスカがラジオで読み上げたアピールだった。
「暴力、そして暴力による弾圧は理性のある人間のすることではありません。私たちの生活のなかにおける専制政治に対して、私ははっきりと勇気を持って、一人のスポーツマンとして、また人間として反対の意を表明します」
「でも本当は怖いのです」
「スポーツ選手として発言しています。それが私の職業だからです。私たちはこれからを担う世代に彼らが自らの未来を選択し、未来を創る機会を与えてあげようではありませんか」
彼女の勇気が、何かの参考になればと、切に願う。
筆者:別府育郎(産経新聞)
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2022年3月8日付産経新聞【スポーツ茶論】を転載しています