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「世界の屋根」と呼ばれるヒマラヤ山脈で、中国による鉄道敷設計画が本格的に動き出そうとしている。中国・チベット自治区とネパールの首都カトマンズを結ぶ計画だ。中国には南アジアでの存在感を高め、関係が冷え込むインドを牽制(けんせい)する意図がある。ただ、需要は見通せず採算性は不明。スリランカなど世界各地で問題化している中国の「債務のわな」にネパールも陥る懸念が付きまとっている。
計画は毛沢東時代から
鉄道計画は8月にネパールのカドカ外相が北京を訪問し、中国の王毅国務委員兼外相と会談した際に話題となり、両者は事業を推進させることで一致した。中国外務省によると、中国は年内に鉄道に関する専門家を現地に派遣する予定だ。
じつは鉄道計画は約50年の歴史がある。ネパールメディアによると、1973年に毛沢東がネパールのビレンドラ国王(当時)と会談した際に言及したという。ただ、当時は技術的にも、資金面でも実現性は乏しいとされた。
計画が前進したのは2016年のことだ。ネパールのオリ首相(当時)が訪中した際、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」の下で事業を進めることで正式に合意した。中国の王毅氏は21年の演説で「ヒマラヤ越えの多次元ネットワークを実現し、ネパールが内陸国から連結国に変わることを支援する」と力を込めた。中国はこの「内陸国から連結国」という表現を、ネパールと同じアジアの内陸国ラオスの鉄道敷設を支援した際も用いている。
現在の計画によると、チベット自治区のラサから自治区内第2の都市シガツェまで通じる既存の鉄道を延伸させ、カトマンズまで伸ばす予定だ。ネパール内の区間は約70キロになる見通し。
印国境封鎖で中国傾斜進んだネパール
中国にとり、ネパールへの浸透は南アジア進出の足掛かりとなる。インド北部カシミール地方の係争地をめぐってインドとの関係が悪化する中、中印の間に位置するネパールを取り込む重要性は増している。
ネパールは伝統的にインドの影響を強く受けるが、国内インフラは脆弱(ぜいじゃく)なままで、中国支援をテコに整備を進めたい考えだ。鉄道事業の正式合意直前の15~16年は、ネパール新憲法公布に反発し、権利拡大を求めた親インド住民「マデシ」が、抗議の意から印ネパール国境を封鎖した時期だ。封鎖は4カ月以上にわたり、インドからの物資供給が滞った結果、ネパールは中国に接近した。
そもそも、ネパールには、地域大国で同じヒンズー教国であるインドが「つねに宗主国のようにふるまう」(地元ジャーナリスト)との反発もある。そうした微妙な感情も相まって、ネパールは中国傾斜が進んだ。
急勾配に高地…「世界で最も建設が困難な鉄道」
ただ、「ヒマラヤ縦断鉄道」には問題点が山積している。完成しても後発開発途上国であるネパールでの需要は乏しいとの見方が支配的だ。香港紙サウス・チャイナ・モーニングポストは「旅客需要はあまりないだろう」とのインド人専門家の見方を紹介している。
8千メートルを超える山が近い高地での鉄道敷設工事は難航が予想されている。チベット高原からネパールに掛けては勾配が急で、ネパールメディアは「技術的に世界で最も建設が困難な鉄道になるだろう」と指摘している。
膨らむ事業費…GDPの1割超えか
何より最大の課題は資金面だ。
費用は確定していないが、ネパール区間だけで最大50億ドル前後(約7200億円)との試算がある。ネパールの国内総生産(GDP)の1割を超え、同国の全額負担は困難とみられている。その場合、中国からの融資が大半を占める可能性が高い。中国融資で事業を進めた結果、金利返済に苦しみ、インフラ整備を譲り渡す「債務のわな」と化す懸念が高まっているのはそのためだ。
また、中国が調査報告書を作成した場合でも、ネパール側には提案された内容を評価できる技術者が不足している。コスト面を含めて工事内容の妥当性を判断できないとみられ、事業が完全に中国主導で進む可能性は否めない。
地元シンクタンク、ネパール国際協力・参画研究所のプラモド・ジャイスワル研究員は産経新聞の取材に対し、ネパールがインフラ整備のために海外の資金を必要としていることを強調しつつ、「融資が債務問題を引き起こすという点で世界で中国の評判は良くない。ネパールの経済を債務のわなから守ることは、プロジェクト実現よりも優先されなければならない」と拙速な事業進展に警鐘を鳴らしている。
筆者:森浩(産経新聞)