演出家であり実業家だった浅利慶太が昭和28年に創設し、ファンに根強く支持されてきた劇団四季。コロナ禍で一時、全ての専用劇場と稽古場が閉鎖されたが、クラウドファンディングで支援を呼びかけると、寄付と一緒に「なんとか生き残って」と存続を願うメッセージが多数寄せられた。「ウィズコロナ」下の舞台はどうなるのか。展望を吉田智誉樹(ちよき)社長(56)に聞いた。
俳優は財産、生活を守らねば
コロナ禍でさまざまな経済活動の自粛が検討・実施される中、不要不急論の矛先が真っ先に向かったのが、舞台などのエンタメ業界だった。「この業界で生きている人間は(この風潮に)大変傷ついたわけです。同時に多くが経済的に困窮した」と振り返る。
吉田はまず、俳優の生活を守ることに尽力した。「経済的に安心感が与えられる措置が必要と考え、ある程度、舞台に出演したと仮定し、ギャラを払い続けた」
劇団四季に出演したり稽古したりする約600人の俳優は、個人事業主として契約。四季の舞台を優先させる対価プラス単価×出演回数でギャラが支払われるため、俳優は公演がないと収入が減ってしまうからだ。
「われわれの財産は何かと聞かれたら、それは俳優なんです。彼らの技術は自分の人生をかけて養われたもの。誰かが代替するわけにいかない」
「キャッツ」劇場での交流とりやめ
7月中旬に公演を再開したが、原作が海外のミュージカルの場合、ライセンス上の制約があり、演出を簡単には変えられない。今回はライセンサー(公演権利所持者)の了解を得て、コロナ禍に対応した演出に変更した。
昨年、日本公演通算1万回を達成した「キャッツ」の演出が最も変わったという。猫が客席に下りてきて観客と交流するシーンはすべてやめ、舞台の周りの回転席の販売も中止。平成10年の初演以来、無期限ロングランを続ける「ライオンキング」の演出も一部変更された。
観客は現在、ある程度戻ってきているという。「感染状況が現状をキープできれば、来場者は少しずつ増えてくるのではないか」と話す。来年9月には新たな専用劇場として「有明四季劇場」(東京都江東区)が開場。今月24日には「JR東日本四季劇場【秋】」(港区)が、また【春】(同)も来年1月にそれぞれオープンするなど、歩みは着々と進んでいる。
ライセンス 事業展開必要
子供から大人まで楽しめる新作一般オリジナルミュージカルとしては16年ぶりとなる「ロボット・イン・ザ・ガーデン」(~11月29日)が3日、東京・自由劇場で開幕した。
吉田が平成26年、社長に就任したときに掲げた目標の一つが「オリジナルの創作」だった。海外にルーツのある作品だと演出の制約はもちろん、映像に関する権利もなければ海外公演の権利もない。新たなビジネスが生まれてこないのだ。
「日本社会は少子高齢化が一層進み、これまでの極端な内需型のビジネススキームではやっていけなくなる。ライセンスをすべて持てるオリジナル作品を作ることが重要」と説明する。
今後も毎年1本ずつオリジナル作品を発表する予定で、4本の企画が同時進行中だ。「四季の舞台には、どの作品にも人間賛歌がある。人生は生きるに値する、人生は素晴らしい、ということを観客の皆さんが感じられる作品を提供していきたい」
▽ネット募金に2億円超 公演中止の損失85億円△
劇団四季が募ったクラウドファンディングは、6月17日のスタートからわずか4日間で目標額の1億円を突破。9月30日の終了時点で2億円を超える支援が寄せられた。
同劇団は東京や名古屋、大阪などに専用劇場を持ち、年間の総公演数は3千回以上、総観客数は300万人を超え、約220億円の売り上げがあった。しかし、2月末から7月中旬までに約1100公演が中止。約99万人の来場がかなわなくなり、およそ85億円もの売り上げが失われている。
政府による自粛要請を2月末に受けて以降、舞台芸術公演の中止・延期が相次いだが、劇団四季のクラウドファンディングは、こんな“最大手”ですら支援を呼びかけざるを得ないという厳しい現実を、広く世間に知らしめることになった。
筆者:水沼啓子(産経新聞文化部)