ツタンカーメンの王墓から発掘された天蓋と二輪馬車を3次元計測し、そのデータから作られた復元図
=東京大・大石研究室、大エジプト博物館(GEM)、国際協力機構(JICA)提供
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3次元(3D)測定やバーチャル技術、人工知能(AI)、DNA分析など、発展著しいテクノロジーによって、古代の遺物や人類の営みを明らかにする研究が進んでいる。研究上の発見だけでなく、文化財の保存や展示、修復にも活用されている。最新技術が革新をもたらす古代研究の最前線に迫った。
「第2の太陽の船」復元へ
2022年は、ツタンカーメンの王墓発見からちょうど100年の節目だ。ツタンカーメンの遺物などを納め、今年後半にエジプトでオープンを目指す「大エジプト博物館」の新設に伴い、貴重な文化財の保存や修復に日本の研究者も協力してきた。
東京大の大石岳史准教授(時空間メディア工学)らはエジプト側と協力して、遺物を3次元(3D)計測。集めたデータを解析する中で、別々に展示されてきた天蓋(てんがい)と二輪馬車がセットであることを発見した。
天蓋付きの馬車だったとする説は以前からあったが、実物を使って組み合わせを試すことは損傷の恐れがあるため、難しかった。3Dデータを使ってバーチャル(仮想的)に組み合わせることで、部品どうしがぴったりと合うことが分かった。
天蓋付き馬車の復元画像は、新しい博物館の来場者がスマートフォンで閲覧するといった展示方法が検討されている。
大石氏は、クフ王のピラミッド付近で発見された「第2の太陽の船」の復元にも力を注ぐ。4500年ほど前に建造された巨大な木造船だが、経年劣化で部材はバラバラになってしまっている。削れたり縮んだりと変形してしまっている部材を計測し、3Dデータから元の形をシミュレーション。今後、発掘した部材をつないで復元する計画だ。
大石氏はこれまでにも奈良・東大寺の大仏やアンコール遺跡(カンボジア)のバイヨン寺院などさまざまな遺跡や文化財を20年以上にわたって3D計測し、解析に取り組んできた。
バイヨン寺院には顔の彫像である「尊顔(そんがん)」が大量に残っている。これらは美術史の専門家があごや目の形などを参考に、どの神を表すか分類してきたが、大石氏らは客観的な計量データから分類する手法を開発した。
また、寺院は風化による倒壊の恐れがある。3Dデータから3Dプリンターを使って模型を作製し、どのような風向きや風速で損傷が進むのか、風洞実験を行った。
寺院では十数年前からほぼ毎年計測を続け、経年変化を記録。劣化の進行具合や修復作業の効果を分析し、遺跡の保存に貢献している。
今後は、安定した品質で多くのデータを集められるよう、計測ロボットの研究も進める。「計測する人の熟練度に依存しない、自動計測は非常に大事だ」と大石氏は指摘する
マヤ文明最大で最古
空からの3D計測で大発見を成し遂げたのが、米アリゾナ大の猪俣健教授(マヤ考古学)だ。飛行機などからレーザー光を照射し、反射してくる時間差から地表面の高低差を調べる手法で、マヤ文明で最大かつ最古の大規模構造物「アグアダ・フェニックス」をメキシコ南部で発見した。
遺跡は長さ1400メートル、幅400メートル、高さが10~15メートルほどの長方形の広場のような構造だ。多くの人が集まって儀式を行う場所だったとみられる。あまりに広いため、地上からは自然の地形にしか見えない。
航空写真や、人工衛星が取得した画像など空からの観測データで遺跡を探す手法は、「宇宙考古学」などと呼ばれる。しかし、熱帯雨林が広がる地帯も多いマヤ地域では、濃い植生が空からの視線を遮ってきた。
レーザーやデータ処理の技術が発展し、2015年頃からこの地域でも応用が始まったという。
地表を歩いて測量し、地図を作る作業には時間を要するため、限られた範囲しか調べられない。「せいぜい1平方キロ程しか見られず、社会の全体像を把握できなかった」と猪俣氏。
空から観測すれば、広範囲を一気に調べることができる。毒蛇にかまれそうになりながらジャングルの中をやっと100メートル進んで地図を作る苦労と比べると「別世界」(猪俣氏)という。
アグアダ・フェニックス周辺では、約8万平方キロのデータを分析して、3万超の構造物が見つかった。データ量が膨大となり、人力でチェックするには限界がある。どんな構造物があるのかを人工知能(AI)を使って見分ける手法の開発も進めている。
アグアダ・フェニックスは紀元前1100年から同700年の間に建造されたと考えられている。都市や王朝が成立する前の時期だ。階層的な組織や権力者の存在がなければこうした大規模構造物は作れないという考え方が根強いが、この遺跡の発見により、古代の人々が自発的に集まって大きな仕事を成し遂げた可能性が示された。猪俣氏は「人間の可能性を考え直させる成果だ」と話した。
人間はどこからどこへ
発掘された遺物を主に扱う考古学に対し、自然人類学が焦点を当てるのは人そのもので、人骨を調べる。
骨や歯の形やサイズなどから性別や年齢を推測したり、骨に残る病変を調べたりする。コンピューター断層撮影(CT)を使った分析もある。
こうした手法に加えて、人類学の強力な武器として近年発達してきたのがDNA分析だ。
例えば、骨のサイズから小柄な体格が推定できたとしても、遺伝的に小柄だったのか、栄養状態や環境によってそうなったのかは分からない。遺伝情報そのものを調べれば、理由を明らかにできる可能性がある。
1980年代の終わり頃から古人骨にもDNAが残っていることが分かり、分析できるようになった。ただ、当初は細胞の小器官であるミトコンドリアのDNAを分析するもので、母方からの遺伝情報しか分からなかった。2010年頃から、大量のDNA配列を高速に読み取れる装置「次世代シークエンサー」の登場に伴い、核DNAを分析できるようになった。両親から受け継ぐ遺伝情報を調べられるようになり、急速に応用が進んだ。
この手法の最初の大きな成果は、絶滅したネアンデルタール人が現代人の祖先と交雑し、遺伝子が今も受け継がれているという発見だ。
遺伝情報は、ある現代人の集団の起源がどこにあるのかや、古代人がどのように交雑して世界中に拡散していったのか、それに伴って文明や言語が広がっていったかを追う直接的な証拠となる。
国立科学博物館の篠田謙一館長(分子人類学)は、「人類学と考古学がコラボレーションする研究が今後増えるだろう」と指摘する。ある遺物がなぜそこにあるのか、モノだけがもたらされたのか、それを作れる人も移動してきたのか、周辺の人骨DNAから探れるからだ。
遺跡に眠る人々の血縁関係を調べ、遺伝的に遠い人が混ざっていれば、違う集団との交流があったと推測できる。
DNA分析からは目や肌の色や髪質といった情報も得られる。骨の形から分かる体格などの情報と合わせれば、よりリアルな存在感を持って古代人の姿が復元できる。
人骨からは病原体である菌やウイルスのDNAも見つかる。ペストや結核など、かつて感染症がどのように広がり、変異が進んだのかを追う研究もある。
ただ、最先端のテクノロジーばかり注目されて「現地で調査して発掘することがおろそかになってはならない。地道な研究が大事だ」と猪俣氏は警鐘を鳴らす。伝統的な手法とハイテクが両輪となって、人類の起源や歩みを解明する研究が期待される。
筆者:松田麻希(産経新聞)
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2022年1月16日産経ニュース【クローズアップ科学】を転載しています