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「ピチッ、ピチッ」
山麓の岩場に、甲高い鳴き声が響き渡る。慌ててカメラを構えるが、姿は見えない。早朝から何度繰り返しただろうか。途方に暮れて天を仰ぐと、北海道・十勝岳から上る噴煙が青空に揺れていた。
声の主はエゾナキウサギ。日本では北海道の大雪山系や日高山脈などにだけ生息するウサギの仲間だ。氷期が終わり、山岳地帯に暮らすようになったことから「氷河期の生き残り」「生きた化石」とも呼ばれる。
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体長は約15センチ。小さなウサギと出合える瞬間を息をひそめて待ち続け、3日目にようやく姿を捉えることができた。
ウサギらしからぬ小さい耳に、つぶらな瞳。愛くるしい姿で、道内外から一目見ようと多くの「ナキウサギファン」が訪れるようになったのも納得だ。
しかし今、岩場にひっそりと暮らす北の大地のアイドルを脅かすものがある。
温暖化がその一つ。冷涼な気候を好むエゾナキウサギ。気温上昇が進むと、限られた生息地の環境が変化し個体数が減少するおそれがあるという。環境省も準絶滅危惧種に分類している。
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人間との距離感も課題だ。
ナキウサギ保全のための環境づくりに携わっている帯広畜産大の柳川久教授(野生動物管理学)は「林道や砂防ダムの開発に加え、最近は人との接触の増加が脅威になっている可能性がある」と指摘する。
生息する山では人が立ち入らないようロープを張るなど対策を講じている場所もあるが、登山道を外れてナキウサギの住みかに足を踏み入れる人が後を絶たない。エサである草花が踏み荒らされ、植生の減少が確認されたケースもある。
柳川教授は「かわいさだけに注目するのではなく生態を理解し、節度ある適切な距離から見守ってほしい」と呼びかけている。
やっと出合えたナキウサギ。もっと追いかけたい気持ちがこみ上げた。でも、近づきすぎないことが一番の愛情の示し方なのかもしれない。
鴨川一也(産経新聞写真報道局)
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