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レジ袋や食品包装などに使われるプラスチックは、ごみとなり海に流入していることは知られているが、その先の行方はほぼ不明だった。だが海洋研究開発機構の調査で、黒潮が渦を巻く房総半島南東沖の水深約6000メートルの深海底に、プラスチックごみが高密度に集積した「海洋プラごみ墓場」があることが分かった。生物が住み着くなど既に深海の生態系が変わり始めており、専門家は「プラごみ削減の強力な推進を急ぐべきだ」と、警鐘を鳴らしている。
しんかい6500で調査
「こんなにたくさんプラスチックごみが落ちている深海底は、今まで見たことがない」
「あっちにもこっちにもある。驚いたな」
房総半島から南東に約500キロ、水深6000メートル付近の深海底。調査を行った海洋機構の有人潜水調査船「しんかい6500」の乗組員は、目の前に広がる衝撃の光景に、こんな言葉を交わし合った。
見つかったのは、レジ袋や化学繊維の衣服、食品パッケージなどさまざまだった。低水温のため劣化が少なく、約40年前の製造日の印字まではっきり読めるレトルトハンバーグの袋もあった。
ごみは足の踏み場がないというほど密集しているわけではない。だが研究チームの分析によると、この海域のごみの数は、1平方キロ当たり平均4561個にも上る。過去に調査した水深3500メートル以上の深海底では、せいぜい同80~90個。それを2ケタ上回ることから非常に密な状態で、まさに海洋プラごみ墓場なのだという。
多数の渦が発生する海域
生物に分解されないことから、生態系への影響が懸念されているプラごみは、世界の海に年間1000万トン超が流入している。その約半分は東アジア、東南アジア周辺の国などから生じ、多くが黒潮に乗って広がっているとみられる。だが、所在が確認されているのは海面に浮かぶ44万トン程度。大半が行方不明で、比較的、陸に近い海底に沈んでいるのではないかと考えられていた。
だが研究チームは、房総半島から500キロも離れた南東の沖合に着目した。日本の太平洋側を北上した黒潮が、東へ大きく向きを変えるカーブの内側に位置し、直径100~200キロの渦が多数、発生と消滅を繰り返す海域だからだ。南方から黒潮に運ばれたプラごみが渦に巻き込まれ、ぐるぐる回っているうちに深海へ沈み集積するのではないかと予測。実際の調査で仮説の正しさを立証し、過去の定説を覆した。
日本周辺では房総沖のほか、四国沖も黒潮がカーブを描いて渦ができやすい。こちらでは、さらに大きな渦が常に生じており、房総沖よりも巨大な海洋ブラごみ墓場ができている可能性がある。海洋機構は今夏、調査を行う予定だ。
既に深海の生態系が変化
房総沖では、深海底のプラごみのほとんどに、ヒトデやイソギンチャクなどの生物が付着していた。本来は体を支える岩などがある場所に生息し、泥質の深海底にはいないはずの生物で、既に生態系に影響が出ていた。これらが増えれば捕食する生物も現れ、深海の景色が様変わりしてしまう懸念もある。
また、プラごみが壊れ微細な破片や粒になったマイクロプラスチックも存在する。有害な化学物質を含む可能性があり、これらを飲み込んだ微生物を小さな魚が食べ、それをさらに大きな魚が食べれば、体内で有害物質が濃縮される。今は6000メートル級の深海で漁は行われていないが、技術の進歩で漁場はどんどん深くなっており、将来の食卓への影響が心配だ。
不安を解消するため、深海のプラごみ墓場をなんとか掃除できないものか。海洋機構の中嶋亮太・副主任研究員は「無理だ。今あるものは、悲しいがずっとそのままだ」と断言する。海の表層のプラごみ回収でさえ経済的に難しいとされている上、特に6000メートル級の深海底は、到達できる潜水船が限られる。
悪化を食い止める唯一の手段は、プラスチックの使用量削減を急ぐこと。中嶋研究員は「今後も海底の実態を科学的に示し、プラごみに対する世界中の意識を変えていきたい」と話した。
筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)
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2021年6月6日産経ニュース【クローズアップ科学】を転載しています