Yuichiro Anzai

 

新型コロナウイルスの感染拡大は日本が培ってきた教育システムのひずみを浮き彫りにした。中央教育審議会会長などを歴任し、教育界をリードしてきた安西祐一郎氏は、今回の問題を機に学校教育や教育へのIT活用の在り方を見直すべきだと指摘。その効果を最大限に発揮して人材を輩出するには、教育格差の解消が不可欠だと説く。

 

 

―教育現場はどう変わっていくか

 

高校・大学になるに従って教育の遠隔化が進むのではないか。ただ、小学校に遠隔教育を積極的に入れるのは反対だ。小学校段階では社会性と認知能力の発達を促す上で、学校での対面による教育や協力して主体的に課題を解決する協調学習が極めて大事。そうした学習にITを活用すべきだ。中学は宿題や自由課題を遠隔に、高校や大学になれば一定水準のオンライン化は可能だろう。

 

ただ、日本ではパソコン(PC)で何をすべきか、何ができるか、多くの学校、生徒、家庭が理解していない。私は国語でも英語でも作文など『書く力』が重要だと考えているが、ITはそうした訓練をしやすい。協調学習についてもITをどう活用できるか深く検討すべきだ。世界の動向を見れば必要なことだ。

 

 

デジタル化が加速

 

―世界の動向とは

 

今後は学びでも仕事でも、世界はますますデジタル化の道をたどる。社会に出たとき、ネットワークを通じて的確な表現で文書を送ったり話したりする機会が増える。外国人とのやり取りが増えていくから、英語でこれができる能力が必要になる。国際社会の変化がデジタル化によって加速され、20世紀とは異なる世界が広がっていく。子供たちは将来、その世界で生きていくことになる。だが、デジタル革命下での世界の変化に対応した教育がほとんどできていない。

 

―コロナ禍を機に「9月入学制」が議論された

 

ただでさえ日本は海外と比べて義務教育の開始時期が遅い。以前と比べて早熟な今の子供の発達状況からして、小学校入学時期が今より遅れる子供が出るのは賛成できない。国際社会の状況や国内の少子化を乗り越え、国、そして子供にとっても良い学びの環境を整備するにはどうするか、という話のはずだ。目の前にコロナの問題があるから(入学時期を)突然変えるというのは全然違う。

 

まずは年齢や学年を柔軟に扱う教育制度への転換が可能かを議論する方が本筋だ。9月入学は大学入試の問題変更などより圧倒的に大きなテーマで、幼保から小中高大学までのあらゆる段階に影響し、採用や国家資格試験との関係、教員や施設の拡充、予算の手当て、法改正など広範な案件が関わる。時間をかけてもいいから教育と社会の将来を見据えた合理的な案を練り、その上で覚悟を決めて長期にわたって安定した政策を実践していくべきだ。

 

 

困窮学生支援に力

 

―今後の課題は

 

教育は経済力など家庭環境に左右される。家庭で教育にPCやネット環境などを準備するのはお金がかかる。IT以外の面も含めて富裕層に有利な状況が加速している。コロナ禍で教育格差がさらに広がる可能性が高い。例えば有名私立高校に通うような一部の生徒は2年間で3年間分の勉強を終わらせ、最終学年を受験勉強や海外留学にあてられるなど余裕がある。トップ大学の入学者にはすでにこうした学校の生徒が多くなっている。

 

片や困窮家庭の生徒は今回のような状況になれば日々の食事にも困る。少なくとも高校段階までは、経済的な要因などで能力を伸ばす機会に恵まれない生徒を一人でも減らさなければいけない。すでにある教育格差の拡大が加速するのは日本の社会に良くない。生徒の未来だけでなく、国にとっても少子化の中で人材不足による国力の低下につながる。教育格差の解消こそ最大の課題で、困窮している子供の支援をもっとしっかりやるべきだ。

 

聞き手:福田涼太郎(産経新聞)

 

 

【プロフィル】安西祐一郎(あんざい・ゆういちろう)
独立行政法人日本学術振興会顧問、一般財団法人交詢社理事長。73歳。東京都出身。慶応大教授、慶応義塾塾長、同振興会理事長などを経て現職。中央教育審議会会長など多くの公職を歴任し、「教育が日本をひらく」など著書多数。専門は情報科学、認知科学。

 

 

2020年7月9日付産経新聞【コロナ 知は語る】を転載しています

 

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