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ロシア発の通信アプリ「テレグラム」が犯罪行為に利用されるケースが各国で後を絶たない。秘匿性の高い通信技術に着目した過激派組織が連絡手段として利用したり、麻薬や武器の売買などに頻繁に使用されたりするとの指摘が出ている。通信の自由に抑圧的なプーチン政権に対抗して開発された経緯から、運営側は利用者情報の秘匿を最重要のポリシーとして掲げるが、それが犯罪者に好都合になるという皮肉な状況が生まれている。
イスラム国も利用
2019年秋に韓国メディアで大きく報じられ、220人以上が摘発された通称「n番部屋事件」。女性を脅迫、支配下に置き、性的虐待や暴行を加える動画をSNS上で不特定多数に閲覧させていた事件として韓国社会を震撼(しんかん)させた。犯人らがその舞台として利用していたのがテレグラムだった。
テレグラムをめぐっては、麻薬や銃などの売買に活発に利用されている実態が明るみに出ているほか、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が通信手段として利用していた事実も判明している。
日本でも、組織犯罪の参加者をネット上で募る行為などに、テレグラムが頻繁に利用されていると報じられた。
ロシアのザッカーバーグ
テレグラムは13年、ロシアのIT起業家、パーベル・ドゥロフ氏が開発、公開したメッセージアプリだ。「エンドツーエンド暗号化(E2EE)」と呼ばれる機能を実装し、データがすべて暗号化されるため通信の秘匿性が高い。通信記録も一定時間で自動消去され、「いつ、誰が、誰と通信した」という運営者側が知り得る情報を治安機関などに求められた場合でも、公開しない方針とされる。利用者は現在、世界で約5億人に達した。
ISによる利用が批判を浴びた16年、ドゥロフ氏は米CNNのインタビューに「政府に対し、われわれがユーザーの通信記録や企業の秘密を開示することになれば、それがテロリストの手に渡らないという保証はどこにあるのか」と述べ、テレグラムをめぐる批判を一蹴した。
「通信の秘密」をめぐり決して妥協しないドゥロフ氏の姿勢の背景には、彼がロシアで受けた抑圧の経験がある。
ドゥロフ氏は米フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏になぞらえ、「ロシアのザッカーバーグ」と呼ばれる。06年、兄と共に立ち上げたSNS「フコンタクテ」がフェイスブックに酷似していたことがその理由だ。フコンタクテはロシア国内で爆発的な人気を集め、ドゥロフ氏もIT起業家として一躍名をはせた。
野党ページの削除拒否
風向きが変わったのは11年。リーマン・ショック後の不況などを背景に、ロシアで反プーチン氏の機運が高まるなか、ドゥロフ氏は当局が要請したフコンタクテ上の野党活動家らのページ削除要請を拒否。武装した治安部隊がドゥロフ氏の自宅に押しかける事態に発展した。
当局の意向をくまないフコンタクテとドゥロフ氏には以後、厳しい圧力が加えられる。ロシアとウクライナの対立が先鋭化するなか、ロシア当局はウクライナ側の活動家の情報提供を求めたが、ドゥロフ氏側はこれも拒否した。14年1月までにフコンタクテの株式の過半数をプーチン政権に近いとされる有力企業家が取得し、ドゥロフ氏は最高経営責任者を辞任した。
そのような対立のさなかに立ち上げたのがテレグラムだ。テレグラムは世界各国のサーバーで運用され、ロシア国内で通信が遮断されてもサービスを提供できる。ドゥロフ氏は14年にロシアから出国し、以後は各国を渡り歩く生活を続けているとされる。
ロシア当局はその後、テレグラムを含む多くのSNSの運用を禁じたが、テレグラムは実質的に運営が続けられ、20年には禁止措置も解除された。ロシア当局に対し、事実上の〝勝利〟を収めた格好だ。
中東から1100億円調達
犯罪の温床と批判されるテレグラムだが、「通信の秘密を守る」技術や経営方針に罪がないのも事実だ。
情報セキュリティー大手トレンドマイクロのセキュリティエバンジェリスト、岡本勝之氏は「秘匿性の高い通信技術を採用したり、利用者情報を収集しない通信サービスは他にも登場している。もしテレグラムが方針を変えても、他のサービスがとってかわる可能性が高い」と指摘する。
一方でテレグラムは、ビジネスとしての成功も収めつつある。ドゥロフ氏は今年3月、中東のファンドなどから10億ドル(約1100億円)の資金調達に成功したと発表。資金は事業拡大や、法人向けのプレミアムサービスの開発などにあてる計画だ。
テレグラムのビジネスモデルに対する評価が上がれば、同様のサービスを開発する動きは今後、さらに強まる可能性がある。
筆者:黒川信雄(産経新聞元モスクワ特派員)
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2021年5月27日産経ニュース【日本発ロシア点描】を転載しています