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11月9日に地球に帰還した宇宙飛行士の星出彰彦さん(52)は、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で、人類が宇宙で暮らすことを想定した生命科学に関するさまざまな実験に臨んだ。ただ現状では、地球上と同じように快適で健康的な生活を送るために乗り越えるべきハードルは少なくない。星出さんの実験を礎に、未来に向けた研究が加速している。
筋萎縮を防ぐ
「無重力では筋力が衰えるので、日々の運動が欠かせません。今日は約3・5マイル(約5・6キロ)走りました」
今年5月、宇宙滞在中の星出さんは自身のツイッターにこう投稿し、ISS内の特殊な運動器具を使ってランニングに励む画像をアップした。
重力のある地上では筋肉や骨が体を支えて姿勢を保っている。しかし、重力の影響がほとんどない微小重力の宇宙ではその必要がなく、筋肉量のほか、骨に含まれるカルシウムなどが抜けて骨量が急速に減少してしまう。筋肉がやせる筋萎縮や骨粗鬆(こつそしょう)症、臓器の衰弱などの健康被害につながるため、ISSの宇宙飛行士は毎日2時間程度の運動トレーニングを行わなければならない。
運動ではなく、食で筋萎縮を防げないか。こうした期待のもと、今回、食べられる天然バイオ素材を使った実験が行われた。ISSに打ち上げたラット由来の筋細胞に大豆由来ペプチドなどを加えて培養。地上に戻して筋萎縮への有効性を確かめる。効果が確認されれば、医薬品や新たな宇宙食の開発につながる可能性があるという。
一方、細胞というミクロな世界での重力の影響を明らかにする試みも行われた。宇宙では細胞が地上と異なる形や機能に変化する現象が確認されている。体をつくる細胞一つ一つが感じ取っている重力が消えてしまうと健康に影響を及ぼす懸念があるためだ。
実験では、哺乳類の筋肉細胞などを地上と同じ1Gの人工重力と宇宙の微小重力の2つの環境下で数日間培養。細胞内にある核やミトコンドリアといった比較的重い小器官の形や、細胞の筋肉にあたる繊維の動きの変化などを、きぼう内の光学顕微鏡で観察した。
宇宙実験は3回に分けて行う計画で、研究を主導する名古屋大の曽我部正博名誉教授(メカノバイオロジー)は「細胞が重力を感知する仕組みが解明できれば、生物学や医学に与えるインパクトは非常に大きい。宇宙でも細胞が重力を感じられるような技術だけでなく、寝たきりによって生じる症状の治療法の開発にもつながる」と期待する。
人類は子を産める?
「宇宙で哺乳類は繁殖できるのか」という根源的なテーマも実験対象となった。人類が宇宙で長期間生活する上で避けては通れないテーマだが、受精卵の取り扱いの難しさや、マウスなどの実験動物が環境変化に敏感で宇宙での長期飼育が困難なことからこうした研究は行われてこなかった。
今回は受精卵の実験に不慣れな宇宙飛行士でも簡単に扱える器具を開発。受精後2日目のマウスの受精卵とともにISSに運び、宇宙の微小重力下と人工重力下に分けて4日間培養を行った。地上に戻し、発育の早さや遺伝子の発現、生命のもととなる「胚盤胞(はいばんほう)」まで発生し、正しく細胞分化が起こるかなどを調べるという。
代表研究者の若山照彦・山梨大教授(発生工学)らの地上実験では、宇宙空間を模した疑似微小重力下でマウスの受精卵の発育が悪化し、出産率が大きく低下してしまうことが示されている。
若山教授は「哺乳類の受精卵の発生には重力が関与している可能性があり、それを確かめたい。もし宇宙でも正常に発生できれば、SF映画、アニメのように人類が宇宙で繁栄できる根拠になる」と指摘。正常に育たなかった場合でも、基礎生物学や不妊治療の研究などでの大きなヒントが得られるとする。
月面で食料自給へ
現在、宇宙での食料は地球からの補給に頼っており、新たな調達方法の開発も課題だ。米国、欧州、日本などは月周回基地を建設して月や火星の有人探査を行い、2020年代後半以降に持続的な月面活動を本格化させる計画を進めている。40年ごろの月面には千人が居住し、年間1万人が訪問するという想定もある。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は月面に農場を設営して食料を生産する構想を描いており、今回は袋内で作物を育てる実証実験を実施。小袋にレタスの種と栄養成分の粉末を入れて打ち上げ、ISSの水を加えて専用装置内で栽培した。15日目には本葉を確認でき、約50日後に収穫に至ったという。
竹中工務店やキリンホールディングスなどと共同開発。すでにISSではバジルやトウガラシなど作物の栽培実験が行われているが、袋型は世界初という。密閉状態で栽培するため、雑菌の混入や臭気の発生を防ぎ、メンテナンスしやすいなどの利点がある。
袋を設置する専用装置の内部には、ISSの飲料水から培養液を作り無菌化して各袋へ供給できるシステムなどを備える。今後、レタスと培養液を地上に回収し、食品衛生上の問題がないかなどを確認する。
将来的には、惑星探査のための長期の宇宙船内滞在時や滞在施設での大規模栽培への活用が期待される。JAXAは「人類が宇宙で長期生活する場所で自給自足できる仕組みが必要。軽量で運搬しやすく、手軽に栽培できる技術を開発していきたい」としている。
筆者:有年由貴子(産経新聞)
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2021年11月21日産経ニュース【クローズアップ科学】を転載しています