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見上げればケヤキ板の階段が連なる。年代を感じさせる横幅の狭さ、木造建築の肌寒さを感じながら、天井の日本画に見とれつつ、一段一段上る。ホテル雅叙園東京(東京都目黒区)の東京都指定有形文化財「百段階段」では、趣向を凝らした企画展が開催されている。日本の美で彩られた7つの趣ある部屋では、展示品だけでなく空間そのものを楽しめ、異空間に迷い込んだか、タイムスリップしたかのような感覚にとらわれた。
趣ある7つの部屋
昭和10年に建てられた百段階段は、同ホテルの前身であり「昭和の竜宮城」と称された料亭、目黒雅叙園の3号館の通称。建て替えの際、象徴的な場所として唯一残され今に至る。階段に沿った7部屋の天井や欄間は著名な画家らが描いた絵や豪華な装飾で彩られ、それぞれが異なる個性を持つ。現在は年5回ほど、各部屋を活用した企画展でのみ公開されており、3月10日までは「千年雛(ひな)めぐり~平安から現代へ受け継ぐ想い~百段雛まつり2024」が開催されている。
最初の部屋は「十畝(じっぽ)の間」。計23面の襖仕立ての鏡板には画家、荒木十畝による四季の花鳥画が描かれ、黒漆のらでん細工が随所に見られる重厚な造りだ。立びな、古今びな、大正時代の芥子(けし)びななど時代びなや郷土色のある人形が並ぶ。
純金箔(きんぱく)、純金泥、純金砂子で仕上げられ、彩色木彫と日本画に囲まれたひときわ豪華な「漁樵(ぎょしょう)の間」では、源氏物語をテーマに平安のみやびな世界を約800体の人形で表現した福岡県飯塚市の座敷びなの世界観に圧倒される。今にも動き出しそうだ。
四季草花絵などが描かれた「草丘(そうきゅう)の間」には、茨城県牛久市のつるし飾りと創作人形を展示。四季や昔話を躍動感たっぷりに伝える小さなお細工物は、じっくりと見入ってしまう。滋賀県の人形師、東之湖(とうこ)が琵琶湖を舞台にした「清湖雛物語」を表現した世界が広がるのは「静水(せいすい)の間」。
天井と欄間いっぱいに板倉星光の四季草花が描かれた鮮やかな「星光(せいこう)の間」には、手のひらに乗るほど小さなひな道具など2千点以上を展示。鏑木清方による四季風俗美人画が優美な「清方の間」には、猫をテーマにした10人の作家による個性豊かな作品が並ぶ。ひな段の道具が猫の好きなものに変わっているなど遊び心満載だ。
99段の「ひな壇」
部屋を巡るうちに99段、意外と疲れなく上り切れた。1段足りないのは、奇数にして縁起を担いだという説が有力だそうだ。
窓から差す光が開放的な、床柱に黒柿の銘木を使用した「頂上の間」には、「丸く収まる」「縁を作る」などの意味が込められた縁起物である手まりが飾られ、展示を締めくくる。人形や道具、お細工物など時代を経た逸品から現代の感性で生み出された作品までが各部屋の個性と相まって、まるでひな御殿の中にいるかのような時間を体験できた。
日本らしさ人気
「特殊な空間を生かした展示をしたい」と同ホテル営業企画部長、柚木啓さん。平成12年に華道家、假屋崎省吾さんの展覧会を行ったのを皮切りに、22年から始まった「百段雛まつり」、日本ならではの明かりを表現した「和のあかり」、文豪の名作の世界を感じられる「大正ロマン」など、日本文化の伝承やノスタルジック、レトロといったテーマを意識している。
着物で訪れる人や海外からの観光客も多く、日本らしい空間としても人気を集めている。作品鑑賞だけではなく、部屋自体に個性があって作品とのマッチも楽しめるため、魅力的な空間が生まれるのだという。バーチャルでは得られない、アナログの場だからこその、作品世界への没入感があった。
「芸術や伝統工芸に触れて知るきっかけになってほしい。日本文化の発信の場としてお手伝いができれば」と柚木さん。関連する地域や産地などに旅するきっかけになることも期待している。「百段雛まつり」の開催は今回で12回目。「新しいおひな様、桃の節句を体感いただけるように仕上がった。暖かい装いでお越しください」
午前11時~午後6時(入館は同5時半まで)。一般1600円、小中学生800円ほか。
筆者:鈴木美帆(産経新聞)