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地球で最も速く温暖化が進む北極圏では近年、氷の減少で北極海の航路利用や地下資源開発の動きが高まり、権益確保を狙う米国、ロシア、中国が激しい主導権争いを繰り広げている。これに対し、日本は、最大の強みである「科学力」で存在感をアピールする戦略を描く。研究船を新造するほか、海洋気象観測を充実させ、北極圏の利用や開発に欠かせない研究を加速。国際社会での発言力を確保する構えだ。
競争激化
北極圏はアジアと北米を分けるベーリング海峡や、アイスランドより北に位置する地域だ。約50年で年平均気温が3.1度上昇。地球全体の約3倍の速さで温暖化が進んだ。結氷期の平均気温も約30年前のマイナス25度程度から、近年はマイナス21度程度に上がった。
海氷面積は、約40年前のほぼ半分に当たる約350万平方キロ程度に縮小している。これらは日本の猛暑や豪雪をはじめ世界中に激しい気候変動をもたらすとされ、対策が喫緊の課題だ。
また、船が航行できる期間や海域が増え、北極海航路はアジアと欧州を結ぶ最短航路として重要性が高まった。地下資源にも到達しやすくなり、北極圏に眠る世界の原油の約13%、天然ガスの約30%の採掘が現実味を帯びる。そのため激烈な権益争いが起きている。
これらの実現は、北極圏の温暖化メカニズムの解明が必須だが、観測が困難であまり進んでおらず、日本はそこにチャンスを見いだそうとしている。海洋気象観測は海に囲まれた日本のお家芸だ。世界トップ級の深海探査技術も北極圏観測に生かせる。科学力で貢献すれば発言力が増し、権益争いの「置いてけぼり」を回避できるかもしれない。
新砕氷船
戦略の象徴が、今年4月に建造に着手した砕氷船の「北極域研究船」だ。日本は北極用の砕氷船がなかったが、研究を本格化し、冬季の観測や北極点到達を行うには砕氷能力が必要になる。そのため、国の持続的成長に不可欠と判断した。
全長128メートル、幅23メートル、総トン数1万3000トンの大型船で、厚さ1.2メートルの氷を砕きながら航行できる。総建造費335億円で、2026年度の就航を目指す。
海上では、降雨や降雪の様子を3次元で高精度に把握できる最新のドップラーレーダーで観測。豪雨災害の一因とされる線状降水帯の陸上観測でも活用される装置で、上空の気球型装置による気象・大気観測と合わせ、気候変動の謎解明が進みそうだ。
氷の状態を知ることも重要だ。海上と海中の観測ドローンを使い、電磁波などで氷の厚さや分布を調べ、生態系や環境への影響や新たな航路の可能性も探る。
海中は、深海の資源探査や生態系調査などで活躍してきた無人探査機を投入。海上からの音波探査と合わせ、地形や資源を調べる。海水や堆積物の分析やブイ型観測装置による海流などの定点観測も行う。北極域研究船を建造し運用する海洋研究開発機構は「総合的な観測で北極の実態を解明したい」としている。
研究加速
船の計画と並行して文部科学省は昨年度、5カ年の北極域研究加速プロジェクトを開始した。国立極地研究所、海洋機構、北海道大が中心となって、環境変化の実態把握や気候変動プロセスの解明などを目指す。
実態把握では、ブラックカーボン(BC)という物質に注目している。大気中を浮遊する微小な「すす粒子」で、船舶やトラックの排出ガスなどから生じる。太陽光を強く吸収する性質があり、積雪や海氷面に沈着し融解させると指摘されている。広域観測網で、分布や環境への影響を調べる計画だ。
氷のない海域では、海洋地球研究船「みらい」による観測や、気候変動の高度なシミュレーションモデルを組み合わせ、冷水の輸送の仕組みの解明や、気象予測の高度化を実現する。
既に関連研究で、北極海上空にある雲の量の分析から、海氷量の高精度な予測が可能になることが判明。海氷の量は日本に寒気をもたらすシベリア高気圧に影響することから、研究が加速すれば、天気予報の精度向上につながりそうだ。
文科省海洋地球課では、「日本の最大の強みである科学技術で地球規模の課題の解決に貢献し、国際社会における存在感の向上を目指したい」と話している。
筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)
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2021年6月27日付産経新聞の記事を転載しています