新型コロナウイルス禍で国際環境が激変する中で、日本はどうあるべきか。グローバル化に流されない日本像を説いた「国家の品格」の著書がある作家で数学者の藤原正彦氏は、パンデミック(世界的大流行)への日本型対策の有効性を示すべきだと話す。
米欧対中国の構図
-コロナ禍で世界はどう変わるか
まず、今まで米中2国のつばぜり合いが続いていたのが、米欧対中国の構図になるだろう。中国の全体主義の危険性に欧州もようやく気付いた。そもそも発生初期に中国が隠蔽(いんぺい)したから世界中に感染が拡大したのに、自国がある程度落ち着いたらイタリアや東欧、アフリカなど(中国による巨大経済圏構想の)一帯一路の重要国にマスクや人工呼吸器を送って救世主顔をする。さらに世界保健機関(WHO)をはじめとした国連の機関をコントロールするなど、非常に不誠実な対応を行った。この露骨な覇権主義に米欧の不信感は強まり、対立が激化するだろう。自由民主主義対全体主義の冷戦になる。熱戦にならぬよう注意が肝心だ。
次に、グローバリズムと国民国家の対立が深まる。国境を越えて自由に人や金や物を動かすグローバリズムは『隔壁なきタンカー』だ。タンカーは中をがらんどうに造るのが一番効率的で低コストだが、実際には内部をいくつもの小さい部屋に分けている。がらんどうでは穴一つあいたら一気に沈むからだ。規制なき完全な自由貿易はそれと同じで、一国の疫病が直ちにパンデミックになり、経済も生産拠点が中国などコストの安い国に集中するためサプライチェーン(供給網)の寸断が生じ、世界恐慌になってしまう。効率のために安全弁をなくした、非常に脆弱(ぜいじゃく)なシステムだ。日本では失業率が1%上がると自殺者が約2千人増えるといわれており、ウイルスよりも多くの人を殺す。
自国第一主義進む
各国で格差の是正や福祉政策が進むだろう。米国の惨状は日本のような国民皆保険制度がないことが大きいし、料金未払いで水道を止められて手も洗えない1500万世帯の人々が片端から感染死している。福祉はグローバリズムには非効率な足かせだが削れば貧しい国民から死んでいく。
-各国の対応は
国民国家への回帰が進み、世界中でナショナリズムの高まりや自国ファーストの動きが出てくる。欧州では危機に陥ったイタリアやスペインに対し欧州連合(EU)が十分な支援を行わず、復興債をめぐってもドイツやオランダが反対するなど対立が生じ、EU瓦解(がかい)の可能性もある。世界的に自由貿易が見直され、自国農業の保護や外国への工場移転規制、国内回帰への補助金給付、医薬品など重要産業や不動産の外資買収規制、移民の制限が強まる。そうした規制は結局、安全弁であり弱者の命を守るために必要だった。
-個人レベルの変化は
人々の価値観が変わる。これまでの経済至上主義や競争原理、効率追求のつけが今回露呈した。そこから離れて、ささやかな幸福や安全の大切さや、美しい自然や文化、教養などお金だけで測れないものの価値が再認識されていく。
-日本はどうすべきか
米欧対中国の対立については必ず米欧側に立たなければならない。経済に目がくらみ、どっちつかずの態度を取ってはいけない。ただ、グローバリズムに関しては米国に追随する必要はない。自主国防も少しずつ進めていく必要がある。
国民の高い衛生意識や公の精神など、日本の強みも明らかになった。中国では強引な都市封鎖や顔認証などの監視体制を駆使して感染を封じこめ、米欧も一時的な強権発動に踏み切っている。だが日本は強権を使わず、要請による自粛だけで外出をこれほど減らせた。東日本大震災の時もそうだったように、日本人は非常時でも規律と秩序を保つことができる。これは世界でも類がないことだ。中国型とも欧米型とも違う、民度の高さでパンデミックを押さえ込むという日本型対策の有効性を世界に示すことができれば素晴らしい」
聞き手:磨井慎吾(産経新聞)
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【プロフィル】ふじわら・まさひこ
昭和18年、旧満州生まれ。東大院修了。理学博士。お茶の水女子大名誉教授。著書に「若き数学者のアメリカ」「国家の品格」など。平成16年、正論新風賞。
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2020年5月17日付産経新聞【コロナ 知は語る】を転載しています