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世界革命によって既存秩序を転覆し共産主義社会の実現をめざす国際テロ組織「日本赤軍」の最高指導者を務めた重信房子氏が5月28日、懲役20年の刑期満了を迎え、出所した。事前にこれを伝えるメディア報道には、奇妙な期待や興奮が滲み出ていた。
共同通信は5月14日の記事で28日の刑期満了の予定を報じたが、重信氏について「常人離れした人心掌握術から『魔女』とも称された」と述べ、彼女の社会運動への復帰を望む支援者もいると伝えた。
日本赤軍の最高指導者だった重信房子氏(中央)。マスコミが待ち受ける中、医療刑務所を出所すると、支援者らに出迎えられた。右は長女のメイ氏=28日午前、東京都昭島市(松井英幸撮影)
毎日新聞は5月16日夕刊の「重信受刑者が歌集刊行 刑期満了に合わせ」という記事で、日本赤軍について「1970年代に中東など海外で『武装闘争』を繰り返した」と説明した。これは共同通信の配信記事を掲載したもののようだが、毎日や共同通信にとって日本赤軍の引き起こした数々の事件は、テロではなく「武装闘争」なのだ。
歌人の加藤英彦氏は3月7日、毎日新聞朝刊で重信氏について「新しい秩序を創ろう」として「闘いに敗れた」人であり、「それでも熱く変革をねがう精神に私はある凜冽(りんれつ)さすら感じる」と評価した。
日本には今も、重信氏の出所に色めき立つ人々がいるのだ。
娘メイ氏は擁護するが…
左派系の英字誌『THE FUNAMBULIST』41号は重信氏を「国際連帯の模範」と礼賛し、「パレスチナ解放に尽力した功績」を称えた。重信氏の娘メイ氏は同誌に、重信氏をテロリスト呼ばわりするのは「国家主導のプロパガンダ」であり、彼女は「左翼の反植民地主義、反帝国主義の思想的背景を強く持つ熱烈な政治活動家」であり、「全ての人、特に虐げられている人たちに対する愛と献身」の人なのだと擁護する文を寄稿した。
しかし重要なのは事実だ。日本赤軍は1972年にイスラエルのロッド(現ベングリオン)空港で無差別テロ事件を起こし、約100人の死傷者を出した。「パレスチナ解放のための闘争」であるはずが、彼らが殺害した26人のうち17人は巡礼のためにイスラエルを訪れていたプエルトリコ人であった。
日本赤軍はその後もドバイ事件、シンガポール事件、ハーグ事件など次々と国際テロ事件を引き起こした。今も日本赤軍のメンバー7人が国際手配されており、警視庁は今年2月、「事件はまだ終わっていません」「彼らはあなたの近くで生活しているかもしれません」と情報を呼びかける動画を公開した。
革命や闘争という言葉には甘美な響きがある。かつて権力と闘い自由や解放を勝ち取るという勇壮な夢を抱いた人々や、日本赤軍の蛮行を知らず今の社会を変えようと正義感に燃えるナイーブな若者にとって、重信氏の出所は「行動」を惹起するものとなりかねない。革命という崇高な目的のためには犠牲もやむなしなどという独善的論理で無差別テロを正当化するイデオロギーを、この日本で再び蔓延らせるようなことはあってはならない。
筆者:飯山陽(イスラム思想研究者)
昭和51年生まれ。上智大文学部史学科卒業、東京大大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻イスラム学専門分野単位取得退学。博士(文学)。著書に「中東問題再考」(扶桑社新書)など。