安倍晋三元首相の国葬で、追悼の辞を述べた岸田文雄首相
=9月27日午後、東京都千代田区の日本武道館(代表撮影)
~~
安倍晋三元首相の27日の国葬(国葬儀)では、菅義偉前首相の弔辞の評判が高い。筆者も28日の紙面で取り上げたが、菅氏にしか語れないエピソードがちりばめられ、感動を誘った。
一方、岸田文雄首相の弔辞はそれほど注目されなかったが、政府・自民党からはこんな擁護論がある。
「岸田さんは葬儀委員長だから、あんなに個人の思いは語れない。個人の思いだけで国葬にしたのかと批判されるから」(政府筋)
「岸田さんもよかった。役割分担だから、比較はできない」(閣僚経験者)
実際、筆者もこれまで聞いてきた首相の演説より一歩も二歩も踏み込んだ意義ある弔辞だと感じた。そこは明確に評価したい。
首相はまず、安倍氏が政治家として最も熱意を注いだ拉致問題に触れ、安倍氏が国会議員となる以前から取り組んできたことを指摘したうえで、その「遺志を継ぐ」ことを明言した。
国葬では拉致問題について、安倍氏の歩みを振り返る8分間の映像でも流されたほか、菅氏の弔辞でも、安倍氏との出会いのきっかけとして語られた。参列した諸外国の要人らにも、拉致問題の重要性が改めて印象付けられたことだろう。
また、首相があまり語られない第1次安倍内閣が掲げたスローガン「戦後レジームからの脱却」を取り上げ、その業績をこう位置づけたことも大きい。
「新しい日本のアイデンティティーの種をまきました」
その具体的な中身に関して首相は、①防衛庁を、独自の予算編成ができる防衛省に昇格させた②国民投票法を制定して、憲法改正に向けた大きな橋を懸けた③教育基本法を約60年ぶりに改めた-の3点を挙げた。
これらは全て当時、左派マスコミや文化人の猛烈な抵抗と反発を招いたテーマだった。それらをあえて強調したことに、これからはたとえ国論が二分しようとも、正しいと信じることを断行するという首相の覚悟がうかがえる。
「溶けた鉄を鋳型に流し込めばそれでできる鋳造品ではない。たたかれて、たたかれて、やっと形をなす鍛造品、それが総理というものだ」
安倍氏のこの言葉を首相が引用したのも、自らもたたかれ続けて鍛造品になるという決意を示したといえば、うがち過ぎだろうか。
首相は弔辞で、安倍氏が構想し、実現させた日本、米国、インド、オーストラリアの連携の枠組み「クアッド」にも言及した。国葬には、米国のハリス副大統領、インドのモディ首相と豪州のアルバニージー首相と3人の元首相も参列し、それぞれ相互に会談した。
弔辞の言葉が、今そこで展開されている外交、国際社会のありようと重なっているように思えた。政府高官によると、首脳らは異口同音に「自分たちが安倍さんのレガシー(政治的遺産)を引き継ぐ」と語っていたという。
「日本の、世界中の多くの人たちが、『安倍総理の頃』、『安倍総理の時代』、などとあなたを懐かしむに違いありません」
首相はこう述べた。政府は国葬会場付近の九段坂公園で受け付けられた一般献花には、計2万5889人が訪れたと発表したが、時間や体調の関係で途中で断念した人を含めると、献花に向かった人ははるかに多かったのは間違いない。
ただ、首相には故人をしのび懐かしむだけでなく、弔辞で述べた通り、安倍氏が敷いた土台の上に、国を前へと進めてもらいたい。
筆者:阿比留瑠比(産経新聞論説委員兼政治部編集委員)
◇
2022年9月30日付産経新聞【阿比留瑠比の極言御免】を転載しています