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香港では決して見ることのできない、ある香港映画が11月7日、東京都内で上映された。2019年の香港の反政府・反中デモを記録した「時代革命」だ。中国側の妨害工作などを懸念して、前日までこの日の上映が伏せられていた、いわくつきの映画である。
7月のカンヌ国際映画祭でサプライズ上映され、世界的に知られるようになった。映画のタイトルは、19年のデモのスローガン「光復香港 時代革命(香港を取り戻せ 私たちの時代の革命だ)」に由来する。
中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への反対運動が、反政府デモ、反中デモ、独立要求デモへと転化していく過程を追ったドキュメンタリー映画である。制作に携わった関係者名は香港人の周冠威監督以外、明らかにされていない。
香港では昨年6月末の香港国家安全維持法(国安法)の施行後、香港政府や中国当局を自由に批判できなくなった。今年10月には、国家の安全を脅かす内容を含んだ映画の上映を禁止できる条例改正案が可決されたばかりだ。
この日の上映は、国際映画祭「東京フィルメックス」最終日の特別作品として行われた。公式発表からわずか1日だったにもかかわらず、約700席の会場は満席だった。
香港史上最多の「200万人」デモ、デモ隊の立法会(議会)突入、火炎瓶と催涙弾が乱れ飛んだ大学での攻防戦、デモを鎮圧する警察の暴力などの生々しい映像が次から次へと続く。
デモの最前線に立つ勇武(武闘)派の若者たち、救急ボランティア、さらに、勇武派を現場から逃すため力を尽くすデモ支援者らの証言によって、リーダーなきデモがどのように組織され、追い詰められていったのかが浮き彫りになっていく。苦渋の思いを引きずりながら台湾に逃れた若者もいた。
映画の終盤になると、会場からはすすり泣きの声が聞こえ始めた。私自身、当時、香港で取材していただけに、さまざまな場面が思い起こされ、正視できなくなった。隣に座った香港人女性は映画が終わるころには嗚咽(おえつ)していた。
30代のこの女性は今、日本で働いているが、19年当時は香港にいてデモにも関わっていたという。
「香港人の心の葛藤がよく描けていました。若い子たちが裁判で重い刑を受けているのに、自分は香港を離れて安全に暮らしている-そんな罪悪感のようなものを私も抱いています」
映画が終わると、拍手が湧き起こった。日本人の40代主婦は「私たちが生きる同じ時代に、あのように悩み苦しむ若者たちがいるとは…。自由と民主主義を守らなければならないと思いました」と話した。
上映後、整列退場する際、隣の香港人女性の手が震えているのが分かった。「あのころの恐怖がよみがえってきたのです」
昨年、英国に移住した香港人から、こんな話を聞いた。何発もの花火が打ち上げられたある祭日の夜、大きな音が響きわたるにつれて取り乱してしまい、人にぶつかったり、周りを見回したりしたのだという。花火を打ち上げる音と催涙弾の発射音は似ている。
デモ参加者にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ人が多い。「時代革命」は決して終わったわけではないのだ。
筆者:藤本欣也(外信部編集委員)
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2021年11月8日付産経新聞【緯度経度】を転載しています