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米国は、日本がアジア政策の要であると繰り返し述べている。だが、ラーム・“ランボー”・エマニュエル氏への駐日大使としての指名は、それとは相反するものだ。
シカゴ近辺で育った私はもう何十年もシカゴには行っていないし、これからも戻ることはないだろうと思う。とはいえ、今でもある程度の興味は残っている。そんな私がシカゴとのつながりを思い出すのは、週末にシカゴにいくつもある犯罪多発地域で起きる銃乱射事件のニュースを見るときだ。
例えば、9月4日に掲載された「シカゴでは銃の乱射により、金曜日の夜から4歳の男児を含む5人が死亡、53人が負傷」という記事だ。
このような記事をツイッターに投稿する際には、ジャパンタイムズや海外特派員がよく言うように、「日本は先進国の中でも遅れている。それはとってもよいことである」というコメントを添えることがある。
これは言うまでもなく、「日本はこれこれこういう点で遅れている」と日本を中傷してきた英語メディア対する皮肉だ。
しかしながら、このような皮肉を必要としない報道もあった。ジョー・バイデン米大統領がラーム・エマニュエル前シカゴ市長を駐日大使に指名することを検討していることに関連した報道だ。5月初旬に最初の憶測が出始め、8月20日に正式に指名が発表された。
当時も今も元市長に関する記事の多くでは、バイデン大統領がエマニュエル氏をどこかの国、特に日本への外交職に任命することへの不信感の表明や批判が目立っている。
冒涜愛好家
シカゴ・トリビューン紙のレックス・ハプケ氏は、エマニュエル氏を「有名な冒涜者」と表現し、まるで「Saturday Night Live(アメリカの有名風刺番組)」のような人事ではないかと批判した。
ラーム・エマニュエル氏を駐日大使にするのは悪趣味なジョークとの論評もある。
ロバート・L・ボロセージ氏は『The Nation』誌に「Making Rahm Emanuel Ambassador to Japan Would Be a Sick Joke(エマニュエルを日本大使に任命するのは悪趣味なジョーク)」と題した記事を寄稿し、エマニュエル氏の粗暴な言葉遣いの傾向について詳しく述べている。
侮辱でないとするならば、ラーム・エマニュエル氏の駐日大使への指名はまるで下ネタのジョークのように思えるだろう。“fucking”を形容詞、副詞、動詞、名詞として操るラームが最初の公式謝罪をするまでにどれくらいだろうか。すぐに賭けが始まるだろう。
魚好き
エマニュエル氏はその冒涜的な言動にかかわらず、時折、何とも言い難い行動をとることがある。最も有名なのは、死んで腐った魚を政敵に送ったことだ。
死んだ魚を送るというのはシチリアのマフィアの呪いの一つで、「魚と一緒に寝ることになる」ということを意味する。つまり、「お前をサメの餌にしてやる」ということだ。
もっとも、エマニュエル氏のルーツはシチリアではなくイスラエルにある。米映画『ゴッドファーザー』で防弾チョッキに包まれた死んだ魚が送られてくるエピソード(アメリカでは映画を見ていない人でさえ知るほど有名)から着想を得たのだろう。
彼のニックネームであるランボーは、彼が裏切りものに対して行う報復に由来する。米映画「ランボー」の主人公であるランボーは、自身への侮辱に対して暴力的な報復を行う。
死んだ魚の事件についての詳細や、エマニュエル氏がなぜランボーというニックネームで呼ばれるようになったのかについては、古森義久氏による日本語の記事で紹介されている。
ラクアン・マクドナルド
彼の「率直な物言い」に新鮮さを感じる人もいるだろうが、エマニュエル氏に対する批判はもっと本質的なものだ。
彼はシカゴ警察の改革に抵抗したことでも知られている。
2014年、シカゴ警察は、道を歩いていた事件当時17歳の黒人男性、ラクアン・マクドナルドさんに16発の銃弾を浴びせた。
アメリカの司法省は事件発生時のビデオを公開することになんら異議を唱えなかった。
だが当時シカゴ市長であった彼は、進行中の事件の捜査に悪影響を与えたくないと主張してビデオの公開を見送った。
反黒人的であると認識されている彼の行動はこれだけではない。彼は、黒人が多く住む地域の学校を大量に閉鎖した。更には黒人居住者の多いサウス・サイドを中心に、市の精神衛生クリニックの大部分を閉鎖した。
市長時代の彼の政策を、開発業者とシカゴの高級化を加速させ、黒人の居場所を奪うものだと批判する人たちもいる。
彼のシカゴ市長時代の行いは、駐日大使として彼がするであろうことを決定するものではない。
だが、エマニュエル氏という人物を知る上では重要だ。
シカゴ以外での成績
市長として実務を経験したからといって大使になれるとは限らない。
しかしエマニュエル氏は、米国の国政での政治家として豊富な実績がある。アメリカでは外交官としての実務的な経験よりも、政治家としての経験が重視される。
彼は2003年から2009年まで米国下院議員を務めた後、クリントン政権では上級顧問を、オバマ政権ではホワイトハウスの首席補佐官を務めた。
エマニュエル氏がバイデン政権ですぐに高い地位を与えられなかったことはやや意外であった。ボロセージ記者(前述の「Making Rahm Emanuel Ambassador to Japan Would Be a Sick Joke」執筆者)はその理由のひとつをこう書き記している。
「進歩派の反対によってランボーの交通長官への指名が頓挫したことは、よく知られている。ホワイトハウスは、大使職を気休め程度に考えていたのだろう。」
リムジン・リベラル
エマニエル氏が危機管理能力に長けているという声もあるが、クリントン政権やオバマ政権での彼の地位は、資金調達者としての手腕が評価された結果であるという側面が大きいだろう。彼はかつて「リムジン・リベラル」(注釈・貧困層の味方のふりをしながら贅沢にふけるものたち、シャンパン・リベラルなどとも)と呼ばれる人々からの資金調達に定評があった。
1970年代初頭に生まれたこの蔑称は、名目上はリベラルな活動を支援している裕福なアメリカ人や超富裕層にを指してきた。彼らは下層階級を助けるための寄付などの金銭的な貢献によって、税金を一部免除されたりしている。構造改革などが彼らの富と権力を脅かさない限り、リムジン・リベラルはリベラルなのである。
エマニュエル氏はシカゴの「ノース・コースト(北海岸)」のリベラル派からの資金集めや、ゴールドマン・サックスとのつながりなどがあった。
ゴールド・コーストとも呼ばれるノース・コーストは、アメリカで最も裕福な住宅地のひとつとして富裕層に人気がある。一方で、黒人が多く居住しているサウス・サイドでは週末に銃撃戦が繰り広げられる。まるで別世界のようだ。
ゴールドマン・サックスは、男女平等の推進など社会的プログラムで存在感を示す一方で、2020年7月にマレーシアに39億ドルの和解金を支払うなど、世界各国で違法取引や証券違反に対する罰金、賠償金を支払わされている。ゴールドマン・サックスの法令違反や和解について説明するウェブサイトがあるほどだ。
また過酷な労働環境でも知られている。
今年3月、ゴールドマンサックスのアナリストたちが一週間当たり100時間にも達する労働環境に関する非難声明を発表した。 たしかにゴールドマン・サックスはインターンの勤務時間に17時間の「上限」を2015年に設けてはいた。だが上限いっぱいまで働けば、5日間で85時間、6日間ならば102時間の労働になる。
日本にとって良いことはあるのか
エマニュエル氏への指名に何かポジティブなものを見出そうとする人たちの論点は、基本的に1つしかない。彼が、ジョー・バイデン大統領と強い繋がりがあるということだ。
もっとも、それが日本にとってどのようなメリットがあるのか、具体的な話は聞こえてこない。
また、ジョー・バイデン氏が大統領であり続けることができるかということにもかかっている。彼は11月20日に79歳になる。現時点で健康状態は良さそうだが、年齢を考えればこのままの状態が続く保証はない。カマラ・ハリス副大統領が大統領になった場合、エマニュエル氏に期待されているほどのパイプが残っているかどうかは分からない。
2017年にトランプ前大統領が参加を拒否したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への支持と、広く報道された曖昧な "戦車か自動車か"という発言以外に、貿易や軍事問題で彼がどのような立場に立つのかを示唆する記録はほとんどない。
彼の最も有名な海外とのつながりはイスラエルだ。イスラエル人の父親を持つ彼は、湾岸戦争中の1991年、イスラエルの軍事基地で民間人のボランティアとして一時的に活動していた。
日本とイスラエルの間に大きな問題はないが、エマニュエル氏の猪突猛進のスタイルによって、イスラエルに敵対する国と日本の関係が複雑になる事態は想像に難くない。
また、彼が米国とイスラエルの両方の市民権を持っていることも、さらに複雑な問題を引き起こすかもしれない。
まとめ
大使の使命には上院の承認が必要である以上、エマニュエル氏が承認されないという可能性は残っている。左派の民主党員は彼の使命に不満を持っている。バイデン大統領に恥をかかせられるかもしれないこのチャンスを共和党は楽しみにしているはずだ。
仮にエマニュエル氏の指名が承認されるとしても、それがいつになるかはわからない。上院にはまだ数百人分の人事案が残っている。
現段階で確かなことは、アメリカは日本がアジア政策の要であると繰り返し述べているにもかかわらず、ラーム・“ランボー”・エマニュエル氏への指名がそれを裏付けるものではないということだ。中国担当官の候補はベテランの外交官だが、日本担当の候補は自らの所属する政党の中でさえ評判が芳しくない、口の悪いランボーだ。
筆者:アール・H・キンモンス博士(JAPAN Forwardコメンテイター、大正大学名誉教授)