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先進国の金融市場を席巻してきたESG(環境・社会・企業統治)投資に逆風が吹き付けている。とくに米国では行き過ぎたESG投資を軌道修正する動きが強まり、世界最大の資産運用会社である米ブラックロックのトップは「今後はESGという用語を使うつもりはない」と表明した。
ここ数年、世界の金融機関は気候変動対応や人権などのESGを絶対的な投資基準と位置付けてきた。企業側も銀行から資金提供してもらうにはESGの推進が条件となった。これに反すると認定された場合には投融資の対象外となり、本来のESGが目指す多様性の確保とは異なる様相を示している。
世界の金融市場を席巻
その最たる事例が脱炭素だろう。金融機関は石炭や石油などの化石燃料の採掘やそれらを使う発電所の建設は脱炭素に逆行するとして、一斉に資金を引き揚げた。これによって世界的に資源開発に対する投融資が縮小し、コロナ禍からの回復やロシアによるウクライナ侵略で化石燃料需要が急増すると、その価格は一気に跳ね上がった。
エネルギー価格の高騰でインフレが加速した米国では、反ESGの動きが台頭し、昨年12月には米大手運用会社のバンガード・グループが脱炭素金融同盟からの撤退を表明した。ESG投資の広がりを背景に資金を集めて急成長したESG投資信託は一転、今年に入って資金流出が急増しているという。
米国の政治的な対立も影響している。
米南部フロリダ州では5月、包括的にESG投資の活動を制限する「反ESG法」が成立した。次期大統領選で共和党候補として指名獲得を目指すロン・デサンティス知事が民主党のバイデン大統領が進める環境政策などに反発し、地方債を発行する際にESGの要素を考慮することなどを禁じた。
また、同州の年金基金などによる投融資でも、収益のリターンを最優先するように指針に盛り込み、気候変動対策や多様性の確保などのESG基準を投資評価に組み込まないように義務付けた。ESG投資を掲げる銀行は公金の預金先から除外することも決めた。
株主利益に応えられず
米国を中心に反ESGが広がる背景には、「投資は出資者や株主の利益の最大化が使命で、社会的な課題解決を言い訳に投資リターンを犠牲にすべきではない」との声が強まっていることがある。実際、化石燃料価格が高騰する中で、ESG投資を進めた機関投資家は十分な利益を得られず、株主の期待に応えられていない現実もある。
ESG投資を手掛ける国内投資ファンドを取材した際、運用担当者は「日本は早く再生可能エネルギー100%を達成すべきです」と力を込めた。筆者が「それはカーボンニュートラルを目指す2050年でも難しいでしょうね」と答えると、「そんな悠長なことをしていたら、また日本は国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で化石賞をもらいますよ」と真顔で心配していた。
出資者から多額の資金を預かるESGファンドの運用担当者が、産業と暮らしを支えるエネルギーに関し、そんな程度の知識しか持ち合わせていないことに驚き、同時にESG投資の底の浅さも感じた。
同じような話は大手エネルギー会社首脳からも聞いたことがある。経団連主催の会合で、電力・ガス事業の脱炭素化を達成する難しさを訴えたが、出席者からは「再生エネを100%にする判断を下すべきだ」と求められたという。「経団連に加盟する大手企業の幹部でも、そうした安易な認識なのか」と衝撃を受けたようだった。
壮大な装置産業である電力事業の脱炭素化には、莫大(ばくだい)な資金と長い時間が必要だ。世界の脱炭素を主導する欧州も、電力事業の脱炭素に向けた工程は示しきれていない。具体的なトランジション(移行)の青写真を描いているのは日本だけだ。
「現実離れ」修正の好機
反ESGの動きは、現実離れした投資判断を修正する好機である。もちろん脱炭素に向けた先進的な技術開発も重要だが、今や新興国の温室効果ガスの排出量は先進国の2倍以上に達する。地球温暖化を防ぐには新興国の対策強化が不可欠だ。
そのためには日本が持つ最先端の石炭火力発電の技術供与が有効である。「石炭火力の輸出は許されない」とするESG投資では、真の温暖化防止にはつながらない。
筆者:井伊重之(産経新聞論説委員)
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2023年7月9日付産経新聞【日曜に書く】を転載しています