トランプ米政権のイラン攻撃を巡る米側の反応では、「47年間の汚辱」という言葉が頻繁に聞かれる。「47年間の汚辱」とは、イスラム原理主義のイランが発足した1979年以来、米国は一貫して汚辱や恥辱を味わされてきたとする怒りの認識である。
2ZAJUORZ65MEZPZ5K5PXCAMFGU

イランの反撃により、クウェートで戦死した米兵6人のひつぎを出迎えるトランプ米大統領=3月7日、米東部デラウェア州のドーバー空軍基地(ロイター)

This post is also available in: English

トランプ米政権のイラン攻撃を巡る米側の反応では、「47年間の汚辱」という言葉が頻繁に聞かれる。米国にとってイランとの関係は半世紀近くもの汚辱だったとする認識である。米国内では、今回の攻撃に対する野党・民主党側の反対も目立つが、攻撃支持の側がなぜこの評語を強調するのか。

連日放映されたむごい光景

「47年間の汚辱」とは、イスラム原理主義のイランが発足した1979年以来、米国は一貫して汚辱や恥辱を味わされてきたとする怒りの認識である。だから天敵のようなイランへの全面的な軍事攻撃は遅きに失したとする主張となる。

米側にとっての汚辱の認識は、イラン側が79年11月に首都テヘランの米国大使館を襲い、外交官を主体とする米国人52人を1年余りも人質にとった行為が主因である。当時、米側では人質外交官らが後ろ手に縛られ、テレビカメラの前で「米国帝国主義の悪行への批判」を告白させられる、むごい光景が連日、放映された。

民主党リベラル派のカーター大統領(当時)は抗議し、軍事救出作戦まで実行したが、失敗した。米国内ではカーター氏の対外姿勢がそもそも軟弱だとする非難が高まった。

この記事の続きを産経ニュースで読む

筆者:古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)

This post is also available in: English

コメントを残す