新型軽EVの日産自動車「サクラ」(左)と
三菱自動車「eKクロスEV」
=5月20日、岡山県倉敷市(黄金崎元撮影)
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日本市場で本格的に電気自動車(EV)が普及する「EV元年」といわれる今年、もっとも注目される新モデルがお目見えした。日産自動車と三菱自動車が6月16日から発売した軽自動車規格のEVだ。
軽自動車は戦後にできた日本独自の規格。少しずつ大型化されてきたものの、現在でも全長3・4メートル以下、全幅1・48メートル以下、全高2・0メートル以下のコンパクトな車体に、排気量660cc以下という小さなエンジンが積まれている。
低価格化を優先
価格だけでなく税金など維持費の安さもあって人気があり、今では新車市場の4割近くを占める。保有台数も年を追うごとに増加し、令和4年3月末時点では3130万台あまりと、全保有台数に占める割合は40・0%まで上昇した。
だが、昨年3月に三菱自の「アイ・ミーブ」が生産を終了し、大手メーカーが手掛ける軽EVは姿を消した。車の脱炭素化を進めるには、この4割市場をカバーするEVが欠かせない。穴を埋めるべく投入されたのが、日産の「サクラ」と三菱自の「eKクロスEV」だ。日産が企画と開発を担当した「兄弟車」で、三菱自の水島製作所(岡山県倉敷市)で生産する。
日産自動車が発売した軽EV「サクラ」
最大の魅力は価格だ。サクラの価格は233万3100円からだが、国の補助金55万円のほか、自治体独自の補助金も使えば130万円台で購入できる地域もあるという。装備が充実した最近の軽は200万円前後のモデルもあるだけに、大きなセールスポイントといっていい。
三菱自動車の「eKクロスEV」
両社はこの価格を実現するために、従来のEV開発の方向とは一線を画す決断をした。自動車各社はこれまでEVの課題である航続距離を少しでも延ばそうと開発を進めてきた。今では500キロを超える航続距離を実現したモデルも出ている。だが、航続距離を延ばすために容量の大きなバッテリーを積めば、価格は上がってしまう。両社は軽自動車は街乗りで利用されることが多いと割り切り、航続距離を180キロにとどめ、価格を抑えることを優先した。EV開発の新たな方向性を示したといえる。
用意周到な開発
5月中旬、サクラとガソリンエンジンの軽自動車「デイズ」のターボ搭載車を乗り比べる機会があった。さすがに軽規格だけあって、サクラに驚くような加速性能を感じることはなかったが、駆動力を示すトルクはデイズの約2倍とあって、非力さはない。アクセルを踏み込むと、時速100キロ超まで滑らかに加速していく乗り味はEVそのもの。スピードが上がればエンジン音も大きくなるデイズと異なり、もちろん室内も静かだ。
デイズとの違いをもっとも感じたのは、走りの安定感だ。重いバッテリーを床下に配置し、重心を低くしていることが走行安定性を高めている。段差を通り抜ける際に下から突き上げるような振動もだいぶ軽減されているように感じたが、これも低重心化による効果なのだという。
実はサクラは、デイズがベースになっている。平成31年3月にモデルチェンジした現行デイズは床下にバッテリーを配置できるように設計されていた。軽EVの投入にあたり、両社が周到に準備をしてきたことが分かる。ホンダやスズキ、ダイハツ工業も軽EVの開発を進めているが、市場投入は早くて2年後。その間、両社は独占的に軽EVを販売できる。
「日本における電気自動車の『ゲームチェンジャー』になると確信している」。日産の内田誠社長は5月20日に軽EVを発表した際、こう言ってその商品性に自信をみせた。
だが、コンパクトな車体に最新機能を詰め込み、価格を抑えたモデルであれば、海外市場でも需要はあるに違いない。国内のニーズに合わせて開発したため、海外に投入する計画はないというが、世界市場でゲームチェンジャーを目指すことはできないか。
海外の需要狙え
三菱自はかつて仏自動車大手プジョーシトロエングループ(現ステランティス)に対し、アイ・ミーブの欧州向けモデルをOEM(相手先ブランドによる生産)供給したことがある。サクラの開発に携わった日産オートモーティブテクノロジーの永井暁氏は、今回の軽EVも「海外から要望はある」と認める。
日本車が圧倒的なシェアを持つ東南アジア市場でもEVシフトの芽は出始めている。この機をとらえ、アジアでは中国や韓国メーカーがEV販売で先行、工場の建設計画も発表するなどEVで日本車の切り崩しにかかっている。
日本独自の規格として進化してきた軽自動車は〝ガラパゴス車〟などと揶揄(やゆ)されることもあるが、アジアでは軽自動車をベースとしたモデルが売られている。軽EVでも市場に合わせた現地仕様車を開発するなど、両社はEVの海外戦略を練り直してほしい。中韓メーカーの動きを傍観していていいはずはない。
筆者:高橋俊一(産経新聞経済部編集委員)
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2022年6月25日付産経新聞【経済プリズム】を転載しています