記者会見に臨む国連特別報告者のアリーナ・ドゥハン氏
=5月18日、イラン・テヘラン(AP)
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今年5月、国際連合人権理事会の下で実態調査や報告に当たる特別報告者アリーナ・ドゥハン氏(ベラルーシ国立大学教授)が、中国からの20万ドルをはじめ、複数の独裁国家から金銭を受け取っていたと国連監視団体UNウオッチが発表し、問題になった。
驚くべきことに、この事件に驚くべき点は何一つない。国連という組織の本質に由来する構造的な癒着である。順を追ってみて行こう。
ことの起こりは、イラン核開発疑惑に対する米国など関係国の制裁に反発したイランが、その不当性を訴えたことである。2014年9月26日、国連人権理事会は、人権侵害を理由とした一方的制裁を非難する決議を賛成多数で採択した。その中で、実態調査に当たる特別報告者の設置も決められた(同決議22条)。この決議を推進し、賛成したのは中国、ロシア、キューバ、ベネズエラなど32カ国、反対したのは日米英独仏伊など14カ国、棄権が2カ国だった。
常識が邪魔をして一瞬意味を取り損ねた読者もいるだろうから確認しておけば、採択されたのは人権侵害に対する制裁決議ではなく、その「制裁を非難する」決議である。
すなわち、人権理事会は、イラン制裁のように米国など有志諸国が国連の枠外で科す人権制裁を牽制し、必ず人権理事会多数派の承認を必要とする仕組みとするため、非民主国家が中心になり、決議を採択したのである。
これを受け、2020年3月に特別報告者に就任したのが問題のドゥハン氏。ロシアのウクライナ侵略を盟友として支援する、ベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領の御用学者である。彼女は「国連」の看板を最大限利用して、精力的に独裁国家の「現地調査」に赴き、自由主義諸国によるイラン、シリア、ベネズエラ、キューバ、ロシア、ジンバブエなどに対する制裁は、現地の経済を悪化させ、国民を苦しめるのみだとする批判的発信を続けた。一方、独裁権力側の暴虐については黙認。ウイグル人の強制労働などが問題となる中国についても、「ウイグル人弾圧」など存在せず、実態は新疆ウイグル自治区の発展に資する職業訓練だと喧伝するシンポジウムに参加するなど、中国側のプロパガンダに寄り添ってきた。
まさに倒錯の世界だが、人権理事会の決議に照らせば、ドゥハン氏は「適任」であった。今回発覚した中国などからの金銭授受問題は、あくまで付随的な非行に過ぎない。存在意義を厳しく問われねばならないのは、何より「人権制裁非難決議」を通した国連人権理事会そのもの、さらには国連そのものなのである。
人権理事会は不正の「もみ消し工場」
国連人権理事会は、その名に反して、人権蹂躙国家群が談合し、互いの不正行為を闇に葬る「国際もみ消し工場」の様相すら呈している。次第にそう変質したのではなく、初めからそうだった。
理事国に関わる問題は取り上げないという不文律がある上、定数47の理事国は、政情不安や独裁などで人権問題がある諸国にも多く割り当てられる。国連総会で選出されるが、議席は地域グループごとに割り振られ、アフリカ13、アジア太平洋13、東欧6、中南米8、西欧その他7となっている(任期3年)。
では割り振りの変更や資格要件の厳格化が可能かというと、自国の人権問題に触れられたくない国々が多数を占める国連総会で枠組みが決定される以上、それはあり得ない。すなわち人権理事会は、構造的に改革困難な組織なのである。
米国は2018年6月、当時のトランプ政権が同理事会からの脱退および拠出金の支払い停止を決めたが、以上のような背景あってのことである。当時朝日新聞が社説で、「人権を重んじる大国を標榜してきた米国が、自らその看板を下ろす行動を続けている」「(人権理事会は)国連総会が選ぶ47の理事国が集い、世界の人権を監視している組織だ」と書いているが、現実遊離で笑止という他ない。当時、ヘイリー米国連大使は、「偽善と腐敗」に満ち、「恐るべき人権抑圧履歴を持つ国々の隠れ蓑となっている人権理事会」にこれ以上正統性を与えないため、米国が率先して脱退したと述べた上、国連は「米国やイスラエルを非難する独裁者のつまらぬ演説パフォーマンスに多くが立ち上がって拍手する場」に過ぎないと露骨に嫌悪感を示している。
もちろん人権理事会にも、北朝鮮調査委員会を設置するなど例外的に功績はある(2014年に報告書提出)。しかし、これも北朝鮮と国境を接する中国から協力が得られず、報告書が「大変遺憾」と特記したように、実態調査に不十分な点が残った。
日本が常任理事国になる可能性はない
国連の活動や事業には元々首を傾げざるを得ない面が多々あったが、事情は悪化している。最大の権限を持つ安全保障理事会は、拒否権を握る常任理事国5カ国にロシアと中国が含まれ、ロシアのウクライナ侵攻非難決議すらできなかった(ロシアが拒否権発動、中国は棄権)。
現在の枠組みのもとで多少なりとも国連の改革は可能か。ボルトン元米国連大使は、唯一の方法は運営資金の「割当拠出制」を「自発的拠出制」に改めることだという。すなわち経済力=国内総生産(GDP)=に応じて拠出金を割り当てる現在のシステムを、各国が自主的判断で「機能的な事業にのみ資金を拠出し、コストに見合った結果を求める」システムに替え、各国の判断で機能不全の事業から撤退できるようにする必要を訴える。
「国連も『市場テスト』に掛けようということだ。加盟国は、意義なしと判断した事業からは資金を引き揚げればよい。国連以外の事業体の方が効率的と判断すれば、そちらに資金を振り向ければよい。国連を優遇する理由はどこにもない」
日本では、中露が拒否権を持つこの異形の組織を特別に重視する「国連第一主義」が根強いが、まさに「国連幻想」に他ならない。国連はあくまで数ある多国間フォーラムの一つに過ぎない。むしろ、G7(先進7カ国)のような先進自由民主国家の集合体にかける比重をできる限り高めていくべきだろう。ここでは中露は拒否権どころか、参加すら許されていない。
「安保理常任理事国入り」を、いまだに日本の「国連第一主義者」たちは悲願とする。国際ロビー活動に相当な税金を浪費してもきた。しかし、常識的に見て実現の可能性はない。常任理事国は具体的国名が国連憲章に列挙されており、日本が加わろうとすれば憲章の改正が必要になる。改正は、「総会の構成国の3分の2の多数で採択」された後、「安保理のすべての常任理事国を含む加盟国の3分の2によって批准され」ねばならない(第108条)。仮に総会で3分の2という第一の関門を突破しても、中露が国内で批准手続きを完了しない限り、日本は永遠に常任理事国となれない。
中露にすり寄る土下座外交を展開すれば(それ自体論外だが)、逆にアメリカの批准が得られなくなろう(上院の3分の2の賛成が必要)。どう転んでも泥沼にはまる構図である。
先日、バイデン米大統領が来日時に、改めて岸田文雄首相に対し「日本の常任理事国入り支持」を表明したが、リップサービス以上のものではない。
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筆者:島田洋一(しまだ・よういち)
福井県立大教授。昭和32年生まれ。京都大大学院法学研究科博士課程修了。専門は国際関係論。同大助手などを経て現職。北朝鮮による拉致被害者の支援組織「救う会」副会長。近著に「アメリカ解体 自衛隊が単独で尖閣防衛をする日」(ビジネス社)。産経新聞「正論」欄の執筆メンバー。
2022年7月10日付産経新聞【The 考】を転載しています