South Korea Hong Kong

The Namdong Asiad Rugby Field is seen in Incheon, South Korea. A song passionately embraced by Hong Kong pro-democracy protesters three years ago was mistakenly played as China's national anthem at a rugby tournament in South Korea, sparking strong opposition from the city's government on Monday, Nov, 14, 2022. (Park Ji-ho/Yonhap via AP)

~~

 

噓のような、本当の話が香港を揺るがしている。

 

11月13日、韓国・仁川(インチョン)で行われた7人制ラグビーの韓国対香港戦でのこと。試合前の国歌演奏の際、香港チームのために流される曲は本来、中国国歌「義勇軍行進曲」のはずである。

 

しかし、選手たちが耳にしたのは「香港に栄光あれ」だった。反政府・反中デモが吹き荒れた2019年の香港民主化運動のテーマソングだ。デモ参加者にとって香港の「国歌」のような特別な歌だった。

 

Hong Kong
香港で拘束される抗議デモ参加者=2020年7月1日(AP)

 

「夜明けが来た 香港を取り戻せ…私たちの時代の革命だ 民主と自由が朽ちぬよう 香港に栄光あれ」

 

20年6月、香港国家安全維持法(国安法)が中国主導で施行されるや、香港では歌うことも演奏することも事実上禁じられた。

 

その歌が香港の国歌として堂々と流れたのだ。映像を見ると、選手らも戸惑っている。民主活動家の在日香港人は「願いがかなった気分です!」と喜んだ。

 

私はといえば、不謹慎ながら、こんなことが本当にあるのかと抱腹絶倒してしまった。香港親中派の面々の慌てぶりが目に浮かんだ。中国共産党支配下の香港ではこの後、政府高官や親中派議員らによる「愛国」「愛党」競争が繰り広げられることになる。

 

「スタッフの単純ミスだった」とする主催者の釈明を受け入れず、「香港独立派の仕業ではないか」との声がまず上がった。「容疑者の身柄引き渡しなど韓国政府に捜査協力を要請すべきだ」との意見も出た。

 

そもそも、「香港に栄光あれ」がネットで「香港の非公式国歌」などと説明されているのが間違いのもとだ―として、「修正を求めよ」との要求もあった。

 

不適切な歌が流れたにもかかわらず、選手たちがその場にとどまったのは「国家安全教育が足りないからだ」と選手たちにも批判の矛先が向けられた。

 

Hong Kong
国安法に反対するデモを取り締まる香港の警察隊=2020年7月1日(ロイター)

 

香港政府トップの李家超行政長官は、国安法違反も含め、徹底的に捜査するよう香港警察に指示した。

 

とばっちりを受けたのは開催国の韓国だった。駐香港の韓国総領事は香港政府から強く抗議された。韓国旅行のボイコットを呼びかける声まで上がった。

 

「韓国仁川が香港の国歌を認めてくれたことに感謝します」などと交流サイト(SNS)に投稿した香港人男性(42)も、「国歌を侮辱し扇動した」などとして逮捕されている。

 

李氏には、タイで18日から行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席し、中国の習近平国家主席と顔を合わせる予定があった。香港の強硬姿勢には、こうした事情も絡んでいたに違いない。

 

しかし、事件は意外な展開を見せる。中国政府が動かなかったのだ。威圧的な〝戦狼(せんろう)外交〟は今回、鳴りを潜めた。日米韓による対中包囲網の構築を阻止するためにも、韓国との関係悪化は望ましくない―との判断が働いたとみられる。愛国ぶりをアピールするのに血眼になっていた親中派は拍子抜けしたはずだ。

 

Hong Kong
APEC首脳会議の夕食会で談笑する中国の習近平国家主席(左から2人目)と香港の李家超行政長官=11月17日、バンコク(AP)

 

習氏から叱責される最悪の事態を免れたかに見えた李氏だったが、再び、その顔が青ざめるような出来事が起きる。タイから香港に戻った際に受けた新型コロナウイルスのPCR検査で陽性反応が出たのだ。

 

首脳会議の場では、李氏は習氏の隣に座っていた。2人はマスクを着けずに、言葉を交わし握手もしたという。習氏にウイルスをうつしていたら…。

 

香港市民に愛国を強要してきたのは他ならぬ李氏である。〝非愛国的〟と自らが批判されかねないような苦境に立たされ、恐怖におののいたことだろう。

 

筆者:藤本欣也(産経新聞外信部編集委員兼論説委員)

 

 

2022年11月25日付産経新聞【緯度経度】を転載しています

 

この記事の英文記事を読む

 

 

コメントを残す