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あり得ないことを指す慣用句に「石に花が咲く」「西から陽(ひ)が昇る」などがある。
日本選手の米大リーグ本塁打王もその類いと考えられてきた。エンゼルスの大谷翔平が44本でア・リーグの本塁打王に輝いた。世の中に不可能はなく、常識は覆るのだと教えられた。
本塁打は野球の華である。体格やパワーで劣る日本選手は大リーガーに太刀打ちできまいと半ばあきらめていた。俊敏性や競技理解に長(た)けた特性の最高峰は、大リーグでも首位打者を獲得したイチローだった。長嶋茂雄元巨人監督が「現代最高のホームラン打者」と称した松井秀喜でさえ、本場の本塁打のタイトルは遠かった。
しかも投手として2桁勝利を加えた二刀流での戴冠(たいかん)である。355勝投手、グレッグ・マダックス氏は米ラジオで「大谷はノーラン・ライアンと重なる。バリー・ボンズとも重なる」とコメントした。
いずれも大リーグを代表した速球投手、長距離打者である。それを一人でやっている。米国でも大谷は「あり得なかった存在」なのである。
少年野球の世界では当たり前だった「投手で4番」をプロで目指したとき、球界の受け止めは懐疑的だった。賛意を示したのは落合博満、松井秀喜両氏ら極めて少数だったと記憶する。批判を退けて育てた栗山英樹監督ら当時の日本ハム首脳陣や、そのまま受け入れたエンゼルスの慧眼(けいがん)の賜物(たまもの)でもある。
誰よりも遠くに飛ばし、剛球と信じ難い変化球を操る大谷の全ての記録、シーンが驚異的なのだが、何より素晴らしいのは彼が常に明るいことだ。
今春、ワールド・ベースボール・クラシックを制した際に日本代表を率いた栗山監督は、MVPの大谷を「野球小僧になったときに翔平の素晴らしさが出てくる」と称した。
野球の楽しさや面白さを体現した「野球小僧」の明るさが海の向こうから日本社会を明るく照らし、本場米国のファンも魅了し続けたのだろう。
快挙に大谷は「来年はより期待されると思う。目標をもっと高くして頑張りたい」と述べた。手術明けの来季もまた、世界中の野球ファンを笑顔にしてもらいたい。近い将来、大谷が変えた野球界に新たなヒーローが生まれることも望みたい。
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2023年10月3日付産経新聞【主張】を転載しています