日本の国際捕鯨委員会(IWC)脱退に伴い、7月から排他的経済水域(EEZ)内で商業捕鯨が再開された。日本政府がそれを前に、国際裁判に訴えられるリスクを指摘する内部文書を作成していることが6月16日、分かった。同文書は、2014年3月に日本が敗訴した国際司法裁判所(ICJ)の南極海調査捕鯨訴訟の判決内容が与える悪影響も想定。約30年ぶりの商業捕鯨は、反捕鯨国の動きを警戒しながらの厳しい船出となりそうだ。
日本政府は昨年12月、鯨類の保護のみを重視する反捕鯨国側との歩み寄りが困難になったことなどを理由に、IWC脱退を決断。日本のEEZ内で商業捕鯨を再開することを公表した。
日本は国際捕鯨取締条約(ICRW)に基づき、ICJで提訴国のオーストラリアと争って敗訴したが、ICRWの制約を受けずに商業捕鯨を再開しても他の国際法の制約を受ける。「海の憲法」とされる国連海洋法条約の第65条では、鯨類は適当な国際機関を通じて資源の保存や研究を行うことが義務づけられており、IWCを脱退した日本が合法的な捕鯨を確立するためには、IWCに替わる国際機関の創設が必要だとの指摘がある。
産経新聞が入手した内部文書は「国際法上の問題点」に言及。IWC脱退後、EEZ内における捕鯨は同65条などの義務を果たす必要があり、違反した場合、条約上の紛争解決手続きに「付される可能性がある」と明記している。文書はICJ判決後、日本の捕鯨政策に与える影響を分析するために作成されたとみられる。新たに想定される国際裁判で、日本が敗訴したICJの「判決が参照される可能性が高い」として、影響を懸念している。
捕鯨問題に詳しい同志社大法学部の坂元茂樹教授も「国連海洋法第65条の協力義務違反を根拠に、日本が訴えられるリスクがあることは事実」と指摘。科学的に資源が回復しているとしてEEZ内の商業捕鯨の捕獲対象に含めたミンククジラでさえ、反捕鯨国は日本の主張に反対しているとした上で「今後、発表される捕獲枠を含め、商業捕鯨の内容がどのようなものになるかが訴訟リスクをはかる上で重要になるだろう」と話している。
法的課題の対策急務
IWC脱退を決めた日本政府は、IWCの下部組織である科学委員会には引き続きオブザーバーとして参加し、鯨類の資源管理に協力することを約束している。
しかし、「海の憲法」とされる国連海洋法条約によれば、IWCに代わる「適当な国際機関」を通じての捕鯨が義務づけられており、日本は自ら主導して新たな国際機関の創設に努力しなければならない。
今回、入手した政府の内部文書では、新たな国際機関の創設には「時間が必要」と指摘。さらにこの国際機関には「北西太平洋諸国の参加が得られるか不透明」とも明記されている。
北西太平洋諸国とは、捕鯨国のロシアや韓国などを指し、日本政府はこれらの国々の加盟協力を得るのは難しいと判断しているとみられる。日本だけで国際機関をつくるわけにもいかず、政府がこの法的課題を解消することが困難であることを事実上認めている。
一方、日本側を訴えることが想定されるのはIWCで対立した反捕鯨国の国々だ。国民の大半が捕鯨に反対するオーストラリアは世論の高まりを受けてICJに提訴した経緯がある。その後も「さらなる法的措置の選択肢を探求している」との政府声明を出すなど日本の動きを牽制(けんせい)している。
ただ、捕鯨問題に詳しい専門家は「オーストラリア政府は裏庭の南極海で行う捕鯨には反対するが、日本の排他的経済水域(EEZ)内で行う捕鯨について訴えはしないはずだ」と指摘。農林水産省幹部も「今のところ静かで、訴えるような動きは見られない」とも語る。
ただ、ICJでオーストラリア側と争った南極海調査捕鯨訴訟では、事前予想を覆して敗訴した経緯がある。2度目の国際裁判で敗訴すれば、日本の捕鯨はますます窮地に追い込まれる。商業捕鯨が再開される7月以降、国際的な批判が高まることも予想される。伝統の捕鯨を守るために、反捕鯨国での世論の動きを細やかに注視し、事前に対応策を準備しておく必要があるだろう。
【用語解説】商業捕鯨再開
日本は2010年、オーストラリアが提訴した南極海調査捕鯨訴訟で14年に敗訴した。事態を受け、今後の捕鯨のあり方を検討してきた日本政府は昨年12月、国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を決定。商業捕鯨モラトリアム(一時停止)を受け入れて以降、約30年ぶりに日本の排他的経済水域(EEZ)内で商業捕鯨を始めると発表した。IWC脱退により、南極海や北西太平洋で続けてきた調査捕鯨は中止する。
筆者:佐々木正明(産経新聞)