Joint Ceremony at Sea to Remember the Battle of Okinawa 007

 

 

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Why Not a Joint Ceremony at Sea to Remember the Battle of Okinawa?
(沖縄戦の犠牲者を追悼する海上合同慰霊式典の開催を)

 

今年は戦後74年。終戦の日を前に、熾烈(しれつ)を極めた沖縄戦の戦没者を慰霊する犠牲者追悼式典が6月23日に糸満市の平和祈念公園で執り行われた。6月23日は昭和20(1945)年4月に始まった米軍の沖縄上陸作戦が終結した日で、沖縄では、この日を慰霊の日と呼んでいる。

 

上の英文は、その追悼式典に参列した元米軍人が、「JAPAN Forward」(JF)に寄せた記事の見出し(日本語訳)だ。寄稿した政治学者のロバート・D・エルドリッヂ氏は、沖縄戦で自らの親類を失ったが、在沖縄米軍海兵隊外交政策部次長を務めた経歴を持つ。

 

「今回は沖縄の戦いで家族を亡くした沖縄の友人たちと共に過ごす時間を意識した」。そう語る同氏は、日米関係が戦後、どれほど深まり、今後どのように進展していくべきかに、思いを馳(は)せたという。

 

2016年には、現職米大統領としては初のオバマ氏の広島訪問やその後に安倍晋三首相の真珠湾訪問など、日米両国は「歴史的な隔たりの克服」において大きく前進した。

 

安倍首相は、ハワイ訪問の際には米国防総省捕虜・行方不明者調査局(DPAA)を訪ねた。

 

DPAAのマッキーグ長官は18年7月に千鳥ケ淵墓苑を訪れ、「かつての敵国が友情を示す最善の方法は、お互いに助け合いながら亡くなった兵士の遺骨を収集して身元を特定し、母国の遺族のもとに返還することだ。第二次大戦から75年の歳月が経とうとしている今、遺骨の捜索活動での両国の協力は、アメリカと日本との友情がどれほど進展したかを示している」と語った。

 

第二次大戦で日米双方は激しい戦いを繰り広げて大きな犠牲を出したにもかかわらず、戦後、強力な同盟関係を築き上げてきた。

 

エルドリッヂ氏は、その重要な要因の一つとして、米海軍と海上自衛隊との緊密な関係を挙げ、沖縄の戦いから75周年を迎える来年、沖縄戦の海上で犠牲となった英国軍人を含むすべての犠牲者を追悼する未来志向の「海上合同慰霊式典」の開催を提案した。

 

さらに同氏は、沖縄出身者がこの提案をしていると明かしたうえで、「すべての犠牲者を追悼することで関係諸国による『新(心)同盟』を築き上げることになる。国籍を問わず軍人同士、軍人と民間、民間同士が互いの国の歴史、文化、伝統に敬意を払うことは、真の平和にも繋がる」と強調している。

 

戦後74年が経過し、戦争を経験した世代が消えていく中、忍び寄る新たな戦争の悲劇をどのように防ぎ、言葉だけではない平和を築いていくのかは、戦後世代に課せられた重い使命である。

 

日本と関係国はどのように戦争の歴史を克服し、恩讐(おんしゅう)を乗り越えて共に前に歩み出そうとしているのか。そんな関係者たちの声や挑戦を、JFはこれからも伝えていきたい。

 

(JAPAN Forward編集部)

 

 

※「日本を発信」シリーズは、産経新聞のオピニオン面に掲載された記事を転載しています。

 

 

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