香港で行政長官に非常権限を委ねる「緊急状況規則条例」(緊急法)が発動された。中国に主権が返還された1997年以来、初の事態だ。
緊急法の下では「公共の安全」を名目に通信や集会など市民の権利制限が議会に諮ることなく可能になる。実質的な「戒厳令」布告に等しい。
林鄭月娥長官は「一国二制度」の原則を自ら壊しかねない一線を越えてしまった。事態は極めて重大である。
最初の緊急立法として、デモ参加者のマスク着用を禁じる「覆面禁止法」が制定された。この法律が施行された5日、数千人もの香港市民がマスク姿で白昼堂々とデモを展開した。マスクをとれば身元が簡単に特定されてしまう。強権に屈しない強い意思の表明であり、支持したい。
緊急法の発動で、林鄭氏が議会を通さない緊急立法を繰り出す可能性はある。香港警察の新たな実弾発砲で14歳の抗議参加者が負傷するなど、警備も歯止めを失いつつある。こうした強硬手段に頼っては、一時的に過激な行動に走る若者らを制圧できても、結局新たな抵抗を生むにすぎない。林鄭氏は現実を直視すべきだ。
そもそも緊急法の制定は英領時代の22年に遡(さかのぼ)る。香港総督による英領下の発動は、67年の暴動などいずれも中国主導による反英闘争が対象だった。
香港の高度自治を踏みにじり続け、その揚げ句に必要な場合は都合よく植民地時代の緊急法に頼るというのだ。無節操な統治姿勢には憤りを禁じ得ない。
中国政府は、緊急法を発動した林鄭氏を強く支持する。香港での抗議活動には「一国二制度の原則への挑戦だ」として、「法による処罰」を警告している。
次元の異なる治安措置が可能になったことで、香港駐留の人民解放軍など中国の武装組織による治安出動のハードルは低くなった。これまで以上の警戒が必要だ。
無理を承知で言えば、林鄭氏がなすべきは、今からでも緊急法を撤回し、実質を伴った市民との対話に臨むことだ。それができないなら、せめて混乱の責任を取り辞職を検討すべきだろう。
自由を求める香港市民の声が、さらなる強権で封じられることを傍観してはならない。国際社会は結束して中国の介入を防ぎ、香港の高度自治を訴えるべきだ。