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国内市場が縮小する中、日本企業はますます海外での機会を求めている。人口が多くて若く、近年経済成長が著しいインドは日本企業の注目を浴びるのも当然だ。
国際協力銀行によるわが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告では近年、インドは有望国ランキングで他国を大きく離し首位を維持。インドと日本の政府間関係も一貫して友好的である。2022年に岸田元首相は5年間でインドに5兆円の投資計画を発表。
インド側でも、政府がインフラ開発やビジネスのしやすさ向上に熱心に取り組んでいる。また、日本企業向けに全国で日本工業団地の設立にも力を入れている。
しかし、上記はいずれも、実際の日印ビジネス関係の拡大にはつながっていない。インドにおける日本企業の数は、2022年時点でわずか1,400社と、中国における日本企業の数の一割以下にとどまる。
この原因は何なのか、そしてこれに対して何かできることはないのか。長年インドと日本の間の架け橋となって、両国間の商業関係の強化に貢献してきたプレム・モトワニ博士に尋ねた。
2019年にニューデリーのジャワハルラール・ネルー大学の日本学研究センターの教授を退任したモトワニ氏は、長年のインド企業への日本式経営導入支援の経験に基づいて2021年に『Becoming World-class: Lessons from ‘Made in Japan’』を執筆、2024年11月にデミング賞特別功労・実践賞を受賞。その他、日経BPインドの教員としてやNEC社員向けのインド研修の実施等で、インドでの日本企業の事業展開を支援してきた。
主な発言は以下の通り。
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インド進出の日本企業の現状と展望はどのようなものか
インドで日本企業に最も人気があるのは自動車産業。自動車所有率がすでにかなり高い先進国と比べ、インドの自動車市場は大きな成長可能性を持つ。日本の自動車メーカーは何十年も前からインドに進出している。今や、スズキ、トヨタ、ホンダなどがインドで最も売れている自動車ブランドに数えられる。
近年では日本の衣料品、銀行、電子機器、建設、インフラ、や不動産開発会社等もインド市場に参入している。その他有望な分野として、食品加工、冷凍、物流などが挙げられる。
インドで日本企業はどのような課題に直面しているか
インドにおける日本企業の主な課題のひとつは品質の確保だが、その大きな原因は人事慣行にある。
日本では、職業訓練は正式な教育よりも重視される。企業は新卒の人を雇い、実務訓練を行う。従業員は大抵平社員からスタートし徐々に昇進していくので管理職は現場の経験を持つ。一方、現場の従業員は、いつか管理職になることを目指し、自身を磨いていく。
品質管理はボトムアップであり、現場からのフィードバックが重要な役割を果たす。終身雇用制度のおかげで、従業員は自身を磨くことによって会社に貢献することに価値を見出し、会社に対して忠誠心を持つ。
しかしインドでは、日本企業がインド企業と合弁事業で提携し、日本側が研究開発、製品開発、製造、品質管理を担当、インド側が政府との連絡、営業、採用、人事を任される。
結果、インドの雇用・人事慣行が採用され、製造業、とりわけ自動車業界の労働者の80%が短期契約で雇用される。特に中間管理職ではヘッドハンティングや引抜きが多く、離職率も高い。
そのため、企業は従業員を適切に訓練する時間や動機がほとんどなく、従業員も現場の効率改善や品質向上に貢献することに価値を感じない。清潔さの取り組みなど、いくつかの品質改善策が実施されている一方で、QCサークル活動やピアラーニングの文化を育む取り組みは不十分だ。
状況解決に日本企業ができることは
インドで成功したいのであれば、長期的なビジョンと長期的な戦略が必要だ。日本企業はインドでも日本の人事慣行に倣い、常勤雇用を導入し職務訓練に投資することが賢明である。
自動車メーカーのティア2・ティア3ベンダー等、一部の日系中小企業は既にこれを行っており、良い結果が出ている。そのような企業からはインドの労働者が優秀で、訓練すれば良く働いてくれるとのフィードバックがある。
近年、インドでも外資系企業の100%保有割合が許可され、政府がビジネスのしやすさ向上に力を入れるなど、日本企業がインドの企業と提携しなくてもよくなっている。そのため日本企業は、人事を含む事業のあらゆる側面を独自で管理できるはずだ。もちろん、インドでは労働組合主義など、課題がいくつか残っている。
日本企業と欧米企業のインド展開方法の違いは
インドには強みと弱みがあり、弱みは外国企業にとって課題だが、強みを活用することで大きなビジネスチャンスが生まれる。例えば、インドの強みは製造業ではなくサービス業にあり、欧米企業はサービスを求めてインドに展開することが多い一方、日本企業は主に現地製造製品の市場としてインドに興味を持つ。
欧米企業はインドを主要なオフショア先とみなし、コールセンター、経理、ITなどの機能をインドで運営してきた。しかし、日本企業はオープン・イノベーションに警戒しており、オフショア化を避ける。同様に、有数な欧米企業の多くがインドにR&D、技術、製品開発センターを設立しているのに対し、日本企業はこれらの機能を日本国内に留めている。
欧米企業は上級管理職等、トップを含め現地人材を採用するのが一般的であるのに対し、日本企業では大抵上級管理職は日本人である。これに加えて、日本では意思決定が非常に遅いなどの事実もあり、日本企業はインドのような難しい市場において柔軟な対応が出来ず、不利な立場に置かれている。
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インドは外国企業にとって難しい国であることは周知のとおりだ。しかし、インドは市場として大きな可能性を持つことも否定できず、早期参入者には明確な利点がある。日本企業がインドでの成功率を高めるために採用できる戦略に、この洞察は役立つだろう。
筆者:ウシャ・ジャヤラマン(Usha Jayaraman)
日本歴20年以上のインド出身の翻訳家。インドの発展や日本との関係を熱心に観察中。出版された英訳には逢坂剛著直木賞受賞作「カディスの赤い星」(The Red Star of Cadiz by Ōsaka Gō)や慶應義塾大学出版「フィンテックの経済学:先端金融技術の理論と実践」(The Economics of Fintech)などがある。インドの古典音楽、歴史、や文化の研究も行い、長年にわたりSādhanaというペンネームで英語と日本語両方で執筆。
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