3月の南座「三月花形歌舞伎」は20代から30代の花形若手が中心の座組。彼らの舞台に向かう心意気と役への探求心が舞台の隅々にまで感じられる。
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「お染の五役」で、土手のお六を勤める中村壱太郎=京都市東山区の南座©松竹

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若い役者の可能性は無限だ。そんなことを改めて感じたのは、今月の南座「三月花形歌舞伎」で、彼らの舞台に向かう心意気と役への探求心が舞台の隅々にまで感じられたからである。中村壱太郎(なかむら・かずたろう)、中村米吉(なかむら・よねきち)、中村福之助、中村虎之介という20代から30代の花形若手が中心の座組。それぞれが大役に初役で挑む意欲の公演であり、今後、生涯にわたって演じ重ねていくであろう、その第一歩の舞台を見ることができたのは大きな喜びである。

まずは、古代日本を揺るがした乙巳(いっし)の変を背景に、歴史の波にのみこまていくヒロイン、お三輪の悲恋を描いた「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)・三笠山御殿」。女形の大役、お三輪を演じた米吉は、いかにも庶民の娘らしい初々しい風情の中に、恋しい求女(もとめ)を追い続けるいちずさを愛らしいしぐさで表現した。

その必死の思いがあるからこそ、意地悪な官女らにいじめ抜かれ、求女と蘇我入鹿(そがのいるか)の妹、橘姫の祝言がいましも挙げられると聞かされたとき、嫉妬と怒りが極限に達したすさまじい「疑着の相(ぎちゃくのそう)」が内面から湧き上がるように顔に浮かんだのであろう。表情が一変したときの異様とも思える変わり目は、もう少し鋭く表現してもよかったのではないかとも思うが、鱶七(ふかしち)に刺されての最期、自分の死が求女の役に立つことを知らされ、魂が浄化されたかのように愛に殉じる姿に米吉の本領が発揮された。

「妹背山婦女庭訓」で、お三輪を演じる中村米吉(右)と鱶七実は金輪五郎の中村福之助=京都市東山区の南座©松竹

虎之介の求女に色男特有のやわらかさと品があり、福之助は鱶七(実は金輪五郎=かなわのごろう)を骨太さと愛嬌をないまぜに演じ、この方面の役どころへの期待を感じさせた。壱太郎は、「ごちそう」的な役回りである豆腐買おむらで存在感。橘姫を勤めた上村吉太朗に、庶民のお三輪とは対象的なお姫さまらしい気品と芯の強さが見えた。お三輪も橘姫も立場は違えど、ともに愛に生きる女性である。入鹿は市川猿弥(えんや)で、不気味な恐ろしさが舞台を圧倒した。

「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」。初役で福岡貢(みつぎ)を勤めたのは虎之介。貢は歌舞伎の立役の「ぴんとこな」と呼ばれる役どころで、やわらかみの中に芯のある二枚目。虎之介は、仲居の万野(壱太郎)にねちねちと嫌みを言われてもじっと耐えている風情がいい。妖刀に操られるように次々人を斬っていく場面は、ふらふらした足取りなど自身の意志でないように見えるが、ときに視線が定まるのが返って恐ろしい。血の惨劇もまた、歌舞伎独特の美学である。

壱太郎は、普段のかれんな印象から万野のイメージと結びつかなかったが、この人の体の中に、曽祖父の二代目鴈治郎の血が確かに流れていることが今回の舞台でよく分かった。色街に長く生きる年増女らしい如才なさといけずさを、顔をゆがめて貢に嫌みを言う姿などで見せる。お紺の米吉には遊女のまことがあり、あまりきれいでない遊女お鹿を演じた猿弥に愛嬌と哀れがあった。料理人喜助は福之助で、粋な振る舞いに忠義の心が見えた。

「伊勢音頭恋寝刃」で福岡貢を演じる中村虎之介(中央)、左隣が万野の中村壱太郎、貢の右隣がお岸役の片岡千太郎、その右がお紺の中村米吉=京都市東山区の南座©松竹

壱太郎が五役を早替りで勤めた「お染の五役」は、松プログラムと桜プログラムで、演出を変えて上演。五役とは、お染、久松(ひさまつ)、お光、土手のお六の四役と、もう一役は、桜プロが祖父、坂田藤十郎が演じた型で雷、松プロは二代目市川猿翁(えんおう)のやり方で鬼門の喜兵衛という悪役。早替りが眼目のショーアップされた舞台は、目まぐるしく人物が替わるたびに客席からどよめきが上がる。すれ違いざま、瞬時に2人の人物が入れ替わる「昆布巻き」と呼ばれる早替りもうまくこなした。

五役の中でお染や久松がいいのは分かるのだが、意外なところではお六に悪婆の色気があった。喜兵衛のような、ドスのきいた悪役は、普段女形をメインにしている壱太郎にはどうしても無理があるが、ここは、歌舞伎の演出の多彩さを楽しんでもらいたいという気概とチャレンジ精神を買いたい。

いずれにしても、花形たちの奮闘がすがすがしく、歌舞伎の未来を明るく照らすように感じられた舞台である。3月23日まで。

筆者:亀岡典子(産経新聞)

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