ブラックホールの知名度は高いが、生じる誤解もたくさんある。その中でも代表的なものを紹介。
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M87銀河中心にあるブラックホールの電波画像(©EHT Collaboration)

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「ブラックホール」という単語を知らないという人はほとんどいないでしょう。それほどまでにブラックホールの知名度は高いですが、その分だけ生じる誤解もたくさんあります。誤解は非常に多数あり、中には専門知識が必要なものも多いため、ここでは全てを取り上げることはしませんが、今回はその中でも代表的なものを紹介します。

誤解1:「ブラックホールは時空 (宇宙) に空いた穴や渦である」の真実

「ブラックホールは時空に空いた穴だ」──確かに専門家でも、そんな表現を使うことはあります。しかし、これはあくまで比喩的な表現であることに注意しなければなりません。

ブラックホールの構造は非常にシンプルであり、中心部にブラックホールの全質量が詰まった「特異点」と、それを囲む「事象の地平面」しかありません。詳しくは後述しますが、事象の地平面は膜や霧のような物質的なものではなく、どんなに近くで見ても、表面を表すようなものは何もありません。

このため、ブラックホールは時空に空いた穴や渦ではなく、それどころか通常の意味での“天体”でもありません。どちらかといえばブラックホールは、時空における特別な性質を持つ領域であると考えた方が正確です。

例えば、ブラックホールの内部に入り込んだものが決して外に出られないというのは、空間が時間のように一方通行の性質を示すからです。ブラックホールの内部とは、時空がそのような性質を示す特別な領域だといえます。

二度と抜け出すことができない、無限に引き延ばされた時空であるブラックホールの性質を指して、時に「時空に空いた穴」と比喩することが、この誤解の原因だと考えることもできます。

誤解2:「ブラックホールを見ることはできない」の真実

「ブラックホールを見る」というのが“特異点や事象の地平面からの直接的な放射を観測すること”という意味として言うのならば、このイメージはほぼ正しいです (ブラックホールの熱力学的な放射である「ホーキング放射」は弱すぎるため、当面の間は無視できます)。

しかし、通常の文脈ではブラックホールの存在を観測できるかどうかを指して「ブラックホールを見る」と言います。その方法はいくつか存在します。

最も有名で伝統的な方法としては、強いX線や電波などの電磁波放射を観測することです。確かに、ブラックホールそのものは放射をしませんが、ブラックホールが引き寄せた大量の物質 (大抵はガスやちり) があれば話は別です。

ブラックホールの周りでは、ブラックホールに落下しようとする物質が寄り集まり、圧縮や摩擦によってX線や電波などの電磁波が放射されます。もちろん、電磁波放射は他の天体からもありますが、放射の強度や放射された領域の大きさから、ブラックホールかそれ以外かの天体を区別できます。

また、十分に大きなブラックホールの場合には、ブラックホールの周りで発生する放射を厳密にマッピングすることで、ブラックホールの影を撮影できます。これが初めて行われたのは、世界中の電波望遠鏡の観測データをつなぎ合わせる「イベントホライズンテレスコープ 」(EHT)であり、おとめ座にある銀河「M87」の中心部にある超大質量ブラックホールを2017年4月に観測、19年4月10日にその写真を公開しました。

とはいえ、ブラックホールが何かしらの物質を吸収できるということは、近くに恒星や星雲などの物質があることになります。宇宙は広いため、物質が近くにあるブラックホールというのはかなりの少数派です。つまり宇宙には、直接観測できないブラックホールがかなり隠れていることになります。

しかし近年、ブラックホールの重力が遠くの星の光を曲げる「重力レンズ効果」や、ブラックホール同士の衝突で発生する「重力波」を捉えることにより、間接的な手法ながらも、従来は決して見つけられなかったブラックホールについても発見できています。見えないブラックホールという多数派を見つけられるようになったことで、宇宙物理学などの分野は発展を遂げています。

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誤解3:「ブラックホールは近くにあるものを何でも吸い込み、引き裂く」の真実

ブラックホールが危険だというイメージは、主にSF作品を通じて定着しているでしょう。しかし、ブラックホールは近くにあるものを無差別に吸い込んだり引き裂いたりするわけではありません。

ブラックホールの近くの重力が強いことは確かですが、それは同じ重さの他の天体と比べての話です。ブラックホールと同じ重さの天体を用意し、中心から同じ距離にいたとすれば、ブラックホールの重力は他の天体と区別できません。

ブラックホールは時空に空いた穴ではない?(©Sankei)

もし今この瞬間、太陽を太陽と全く同じ重さのブラックホールに置き換えたとしても、地球を含めた太陽系の全ての天体は、相変わらず同じ公転軌道を維持します。太陽の輝きを失う事による滅亡があったとしても、地球自身は吸い込まれることはありません。

ブラックホールの近くを通る物体が吸い込まれるかどうかは、ブラックホールからどれくらいの距離にあるのかどうかに加え、その物体が加速・減速できるかどうかにもかかっています。

もし、十分に速度を変更できる物体ならば、事象の地平面を横切らない限り、ブラックホールにどんなに接近しても、そこから脱出できるルートは残っています。この性質があるために、私たちはブラックホールの周辺部から放たれた光を見られるのです。

また、ブラックホールの近くでは、物体が引き延ばされるスパゲティ化現象が起こり、何でも引き裂かれてしまうイメージがあります。確かに、太陽の数倍程度という軽いブラックホールの場合、これは正しいです。軽いブラックホールに数百kmまで近づくと、人間サイズの物体はもバラバラに引き裂かれてしまうでしょう。

しかし、例えば銀河中心部にある、太陽の数百万倍の大きさの巨大なブラックホールの場合、事象の地平面の近くに接近しても、引き裂かれるどころか、何の違和感も感じないでしょう。

このような大きな差が生じるのは、ブラックホールの周りの重力場が関係しています。正確な理由はやや難しくなってしまうため割愛しますが簡単に言うと、天体から受ける重力は遠ざかるごとに弱くなりますが、実はつま先と頭程度の距離でも、ごくわずかに重力の強さに差があります。

普通の天体ではあまりに弱すぎて感じ取れない差になりますが、中心部に近づくに従ってどんどん重力が強くなるブラックホールでは、その差が無視できなくなり、受ける力の強さの差で物体が引き裂かれてしまいます。このような極端な力の差が生まれるまでの距離は、ブラックホールの重さによって決まります。

ブラックホールに近づく物体は、ブラックホールに近づくにつれて引き延ばされる「スパゲティ化現象」を経験するが、その度合いはブラックホールの大きさによって変化する(Image Credit: Laura A. Whitlock, Kara C. Granger & Jane D. Mahon)

一方、特異点から事象の地平面までの距離である「シュワルツシルト半径」もブラックホールの重さによって決まります。シュワルツシルト半径が大きくなるスピードは、物体を引き裂く極端な力の差が生まれるまでの距離よりもずっと早く進みます。この差により、巨大なブラックホールならば近くまで寄っても安全ということになります。

従って、ブラックホールを観光するならば、なるべく大きなブラックホールの方が安全です。ただしもちろん、事象の地平面を横切れば話は別です。特異点へと落下するに従って、無視できるほど弱かった力の差はだんだんと強くなるため、特異点衝突のはるか前に潮汐力でバラバラに引き裂かれます。

また、人間よりずっと大きなもの、例えば恒星の場合には、巨大なブラックホールであってもバラバラに引き裂かれてしまいます。あまり大きなものは持ってこない方が良いでしょう。

誤解4:「ブラックホールの表面をまたぐとそれが分かる」の真実

ブラックホールは一応は宇宙に存在する天体として扱われるため、何らかの表面を持つ黒い天体をイメージするかもしれません。しかし誤解1で説明した通り、実際のところ、ブラックホールは何らかの天体というよりも、時空の特別な領域であると考えた方が正確です。

また誤解3で説明した通り、大きなブラックホールならば、かなり近くまで寄ることができます。しかし近くに行っても、そこには漆黒の膜や霧がある訳ではありません。ブラックホールに入る瞬間、何の抵抗も振動も感じず、しばらくは入ったことすら気付かないでしょう。しかし入った瞬間から、決して後戻りできない特異点への一方通行しか許されなくなります。

もしもあなたがブラックホール観光ツアーに参加するならば、おそらく旅行会社か観光地が設置するであろう「立入禁止: この先ブラックホール」という立札や柵を無視しない方が賢明です。強大な重力によって視界が大きくゆがむため、境界は見えにくいかもしれませんが。

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誤解5:「加速器はブラックホールを生み出し、地球を滅ぼす」の真実

加速器はブラックホールを生み出し、地球を滅ぼす──これはCERN(欧州原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)建設や運用をする際に巻き起こった反対運動でささやかれたうわさです。一部のSF作品でも引用されていることから、聞いたことがある人もいるかもしれません。しかし今この瞬間地球が無事である以上、このうわさは否定できます。

加速器でブラックホールが生成し地球が滅びる、というのはSFでは鉄板のネタだが、実際には起きそうにない (©Maximilien Brice(CERN))

そもそもこの話が巻き起こったのは、LHCが今までになく高エネルギーの粒子衝突実験を行えるためであること、そして一部の理論では、非常に短い距離では空間次元が4つ以上あるのではないかとする「余剰次元」の考えがあるからです。もし、余剰次元が本当に存在し、理論的な予測より少しだけ長い場合には、確かにLHCでも小さなブラックホールを生み出す可能性はゼロではありません。

しかしその可能性は、相当な希望的観測を伴っています。実際には余剰次元があるかどうかは不明であり、仮にあったとしてもLHCでブラックホールを生み出す条件が整うとは考えられていませんでした。何より、LHCでブラックホールが生み出せるならば、自然界はもっとブラックホールにあふれているでしょう。

なぜなら、地球大気が宇宙と接する場では、宇宙線と大気分子との衝突により、LHCより何桁も高エネルギーな“粒子衝突実験”が、地球全体という広大な場で、46億年間も続けられているからです。LHCの実験が地球を滅ぼすならば、なぜ地球は今まで無事なのかという疑問に答えなければなりません。

ではもし万が一、そのような小さなブラックホールが生じたらどうなるのでしょうか? その場合も、非常に小さなブラックホールはホーキング放射によってあっという間に消滅してしまうと考えられています。仮に理論が間違っていてホーキング放射が起きないとしても、高い運動量を持ったブラックホールは地球の重力を振り切って、宇宙のどこかへと消えてしまいます。

万障を排して、地球の重力を振り切らずに地球にとどまったとしても、原子よりはるかに小さなブラックホールはほとんど何も吸い込めず、地球の中をぐるぐる回り続けます。地球の中心部に落ち着くころには、太陽が寿命を迎え、地球は太陽に飲み込まれているか、そうでなくても火炙りにされているでしょう。

(産経新聞)

参考文献

  • NASA Science Editorial Team. (Aug 13, 2019) "Shedding Light on Black Holes". NASA
  • Sara Rigby. (Mar 30, 2021) "7 black hole 'facts' that aren't true". BBC Science Focus.
  • Amanda Bauer & Christopher A Onken. "Black hole truths, myths and mysteries." Australian Academy of Science.

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