経済安全保障はいまや大国競争の主戦場であり、ミドルパワー国が結果を左右できる数少ない領域だ。日本は何を為すべきかー。著者たちの提案とは。
Ishiba press conference Nov 11 2024 rs

Prime Minister Shigeru Ishiba discusses his policy proposals in a press conference on November 11, 2024 (Prime Minister's Office.)

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2024年11月11日、石破茂首相は総額10兆円(約650億ドル)の「テック・ソブリンティ投資パッケージ」を発表した。2ナノメートル級クリーンルームが並ぶ北海道や量子テストベッドが集まる川崎こそが、2025年以降の「防衛最前線」になる――そう高らかに宣言した格好だ。本計画は新規国債を発行せずに編成され、今後10年間で最大50兆円の官民投資を呼び込む〔政府試算〕。岸田政権下のTSMC補助金を桁違いに上回る規模である。

Semiconductor chips on a board (Reuters)

ほころび始めた国際経済秩序

日本は複数の戦略的ボトルネックに直面している。パンデミックで自動車ラインが停止し、紅海ドローン攻撃で40フィート当たり運賃(FEUベース)が7,000ドル超に急騰〔Drewry WCI, 2025/01〕。米中テック摩擦は露光装置やガリウムの単一点が「兵器化」され得る現実を突きつけた。エネルギー自給率10%、世界貿易(モノ)5位・サービス込み4位〔WTO 2024〕の日本は、こうした揺らぎの震源に立たされている。

ここでいう経済安全保障は、単なる防御の盾ではない。技術・資本・規範をテコに相互依存のルールを主導的に書き換え、他国の行動を誘導する攻勢的レバーである。政府は2022年の経済安全保障推進法で初期対応を整え、日米経済2+2閣僚会合を2022年・2023年に2回、次官級会合を2024年に1回開催した。しかし、防御を戦略的優位へ昇華する総合ドクトリンはまだ欠けている。

地方経済にとっても、半導体・創薬・グリーンテックへの重点投資は命綱だ。医薬品の安定供給、エネルギー確保、高付加価値の雇用こそ、国民が体感できる経済安全保障である。

次世代半導体の国産化を目指すラピダスの工場=3月、北海道千歳市

戦略的優位を築く五本柱

1|政府中枢への格上げ

首相を議長とする経済安全保障会議を法定化し、日銀も加えてFDI・ODA・R&Dを戦略リスク審査にかける。有識者会合を常設し、法的権限を付与することが第一歩だ。

2|ミッション集中型投資

GDP比0.5%超を半導体、量子、AIロボティクス、グリーン・バイオなどに重点投入し、技術マイルストーンと国内人材再教育を補助条件に据える。高度外国人材を呼び込み、韓国・台湾へ流出する設計技術者を呼び戻す。

3|信頼できる生産ネットワーク

経済2+2、クアッド先端技術パートナーシップ、日EU連結構想を束ね、Trusted Supply-Chain Compact(トラステッド・サプライチェーン・コンパクト=TSC)を創設。加盟国が鉱物備蓄を共同管理しつつ、ASEAN・南アジア・中南米の戦略拠点へ共同出資する。日本とフィリピンのニッケル精錬計画(世界のクラス1ニッケル供給の約2%、約3億5千万ドル)が旗艦案件となる。

4|標準化競争に勝つ

Beyond 5G/6Gコンソーシアムを軸にEUと協調しITU-Rへ6G提案を提出、OECDのAI安全ネットワークを主導。気候変動に対する価値主導の国際ルールを形成した「京都プロトコル」に倣い、「京都プロセス」として越境データに関する規律を策定し、価値主導の国際ルール形成をリードする。

5|中国リンクの再調整

完全なデカップリングは非現実、無警戒も危険。気候配慮型消費財は開放しつつ、二重用途技術と基幹インフラは制限する。「チャイナ・プラス・ワン」生産を義務づけ、JBICのデリスキング枠で中堅企業の移転コストを下支えする。

半導体スタートアップRapidusへの8,025億円追加支援(2025年3月31日承認)は公的支援総額を1.8兆円に引き上げ、4月1日には北海道で2ナノメートル試作ラインが稼働した。民主主義陣営内に重要ノードを確保した格好だ。

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トランプ再登板と多角化戦略

“America First”が復活する中、日本は多角化を戦略として実践しなければならない。

—リスク分散:EU・ASEAN・インド・中南米と供給網と投資を広げ、一国依存を排除する。

—ルール拡散:米国をG7(対外投資審査)、クアッド(海底・宇宙ケーブル)、CPTPP(デジタル貿易)といった多層枠組みに組み込み、同盟の片務化を防ぐ。

ホワイトハウスで会談するトランプ米大統領(右)と石破首相(©首相官邸)

成功を測る「3つの再」—The Three Re’s

再分散(Re-source):重要鉱物・医薬品・データ基盤で単一国依存を許さない。

再立地(Re-shore & Ally-shore):日本と同志国に先端ファブや電池工場を分散し、単一拠点停止でも優先産業が止まらない。

再設計(Re-write):6G・AI安全・越境データの国際委員会で、日本が議長または共同議長の席を確保する。

この「3つの再」が実現すれば、レジリエンスはコストではなく外交レバレッジに転じ、日本は信頼のハブとなる。

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ミドルパワー戦略の核心

経済安全保障はいまや大国競争の主戦場であり、ミドルパワー国が結果を左右できる数少ない領域だ。製造基盤、技術深度、外交手腕を備える日本は、開放社会がボトルネックを制しつつ市場を閉ざさないモデルを提示できる。

1949年、吉田茂首相は輸出と安保のバーターで戦後日本を再設計した。2025年、石破茂首相にはその取引をアップデートし、価値観で結ばれた強靭なネットワークのハブとなる好機がある。残された時間はわずかだ。

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著者:土屋貴裕 PhD (京都外国語大学)、 鈴木一人 PhD (東京大学)

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