味の体験学習を行う横須賀市の浦賀小の児童ら(味の素株式会社提供)
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甘味、塩味、酸味、苦味、うま味。ヒトが感じる五つの基本の味を学ぶ体験学習が神奈川県横須賀市の小、中学校などで行われている。味覚について理解してもらうことで、健康な食習慣を育てる取り組みだ。
教室で「味わう」初体験
今年2月。横須賀市の市立浦賀小学校。机の上の紙コップを前に、児童らが真剣な表情でお茶の味を確かめていた。
「5秒間、口に入れて感じてみてください」と味の素株式会社GC部サイエンスグループの稲村多恵子さん。
児童らは、お茶をゆっくり味わうのも初めての経験だ。
お茶を飲んだ後、「甘味・塩味・酸味・苦味・うま味・わからないが何かの味を感じた・なんの味もしなかった」から答えを選択する。

次に、子どもたちは味の正体を知らされないまま、五種類のパウチに入った液体を順番に試し、同じ要領で記録していった。更にもう一度、緑茶を飲んで味を考えてもらった。
この体験学習を監修した稲村さんはこう説明する。
「それぞれの味の判別は意外に難しく、大人でもわからない人が2割程度いる。答え合わせの後、もう一度お茶を飲むとお茶の苦味に加えて、甘味やうま味を感じる子が増える」
授業では、鼻をつまんだ状態とそうでない状態でグミを食べたり、うま味調味料入り・なしの味噌汁を比較する体験も行われた。

この体験学習は、味の素と神奈川県立保健福祉大学、横須賀市教育委員会による産官学連携事業の一環だ。昨年4月に締結された協定に基づき、市内の小中学生の健康・体力、生活習慣に関する研究が続けられている。今年は市内の浦賀小や小原台小の小学校2校と中学校で「食育」体験授業が取り組まれている。

2年がかりで完成した「味覚キット」
味覚は、舌の表面にある味蕾(みらい)という味細胞が集まった器官で味を感じ取り、味神経を介して脳に伝達される。かつては、甘味・塩味・酸味・苦味の4つが基本味と考えられたが1908年、日本の研究者、池田菊苗が第五の味「うま味」を発見。グルタミン酸を主要成分とするうま味調味料「味の素」Ⓡとして製品化され、世界中に広まった。辛味、渋味はおいしさを構成するが、痛覚や温度覚で感じ取り、基本味とは別とされている。
キット開発は、味の素の商品開発を行う味覚専門家の能力テストを基礎に、95%の人が見分けられる濃度へと調整を何度も重ねた。その結果、以下になる。
- 甘味:ショ糖(3.2%)
- 塩味:食塩(0.5%)
- 酸味:クエン酸(0.16%)
- 苦味:カフェイン(0.08%)
- うま味:味の素(グルタミン酸ナトリウム、イノシン酸ナトリウムなど)0.16%
濃度や液量、パウチの形状などの開発に2年を費やし、アレルギー成分が含まれないなどの安全性を確認した。
教材開発を担当した学研グループのシニア・プロデューサー、堤金幸さんは「子どもがケガをしないようにパウチの開け方にも工夫した」と話す。
「ピーマン嫌い」にも理由がある
味は人類が生き残るための必要なサインといえる。酸味は、食品の腐敗、苦味は毒物の可能性を示す。子どもがピーマンを嫌うのは、生存本能による自然な反応といえる。大人は経験から、コーヒーの苦さも「美味しい」と感じるが、子どもはまだ経験が少なく、苦いものを避ける傾向にある。
「栄養がある人参やピーマン嫌いを食べない子どもに無理に食べさせようとしたり、わがままだと指導しがちですが、子どもの好き嫌いの背景には生物学的な理由がある。好き嫌いを否定的にだけとらえなくてもいい」と稲村さんは指摘する。

食生活が影響
食生活は味覚に大きく影響する。
浦賀小学校では、うま味調味料が入っていない味噌汁を飲んで「貝の味がする」と答える子どもが多かった。この地域は漁師町で子どもたちは祖父母と暮らし、1日1回は味噌汁を飲む生活を送っていた。稲村さんは「貝の味噌汁を飲む家庭が多いようだ。調べきれていないが、食生活が味覚に反映したといえる」と話す。
スポーツで汗をかいた後、身体が欲するために塩味を感じにくくなる。タバコを吸う人は苦味を感じにくくなるのもその一例だ。
また、子どもは大人と比べると甘味と塩味を好むため、子どもは甘いと感じることができる最低限の濃度(検出閾値)が大人より高い傾向にある。しかし、体験学習の後、甘味料が入っていないお茶に「甘味を感じる」と答える子どもたちがいた。味を認識することで、甘味の感度があがったといえるという。

うま味調味料入りの味噌汁は、同じ塩分濃度でも「おいしい」と答える児童が多く、うま味が塩分濃度を減らすことにつながることも身を持って体験できた。味覚体験の後、給食の時間で、「うま味があるね」など会話が弾むようになったという。
食品メーカーが「食育」に携わる理由
味の素・GC部サイエンスグループシニアマネジャー、黒岩卓さんは「味覚と言語を結びつける授業は、これまでなかった。 自分の感覚を一度でも言葉で表せれば、日々の食事を意識して食べることができる」と語る。
世界では今、食品メーカーに対する視線がますます厳しくなっている。先進国・途上国問わず、経済状況や生活様式の変化が重なり、肥満が共通の健康課題になっている。塩分、糖分、脂肪を多く含む一部の加工食品は、「手に取りやすく、利用しやすい」がゆえに、過剰に摂取しやすいサークルをうみがちだ。
「だからこそ、味を科学し、味を理解する力を育てることは食品メーカーとしての責務でもある。健康的な選択肢を広げる商品づくりや情報提供を進めることで、消費者の主体的な食行動がより健康的な方向に向かうようにお手伝いしたい」と黒岩さん。
味と向き合い、食を考えることで美味しさを再発見することは、健全な食生活を送るための生きる力」を養うことになる。味の素は、開発した「食育ツール」を全国で活用してもらい、「おいしく楽しく食べて健康づくり」を広げていきたいという。
筆者:杉浦美香(Japan 2 Earth編集長)
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