治療法開発 iPS細胞で貢献したい
2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大iPS細胞研究所長(教授)の山中伸弥氏は、新型コロナウイルスへの対策の効果などを分析する政府の有識者会議の委員に任命された。山中氏は正しい知識に基づく行動を求める一方、パンデミック(世界的大流行)を契機とした社会の変化や経験を教訓に、次なる感染症に備えるための体制を築く必要性を強調している。
HPで情報届ける
-コロナ禍をどうみる
今世紀に入り、人類は重症急性呼吸器症候群(SARS)や新型インフルエンザといった感染症を経験してきた。新型コロナは、これらの感染症と比べて無症状の感染者が多い半面、一部の方では重篤な肺炎を引き起こすことから、これまでにない難敵だと感じている。
-新型コロナの情報を個人で発信するホームページ(HP)を開設した
私は感染症や公衆衛生の専門家ではないが、新型コロナの特性を知れば知るほど、長期の対策が必要と考えた。3月13日にHPを開設し、正しい情報、役に立ちそうな情報を届けたいと思い、世界中から根拠が明確な情報を探して私なりに消化し、紹介している。
-注目している情報は
日本はウイルスが入ってきた時期が早く、かつ外出自粛の程度が緩やかであるにもかかわらず、欧米諸国に比べて感染者数や死者数が少ないことが注目されている。保健所を中心に濃厚接触者の追跡を徹底的に行ったこと▽日本人の衛生意識や文化的背景▽医療制度の充実-など複数の原因があると思う。この要因が何なのかを解明することが、今後の対策を考える上での鍵になる。
-新型コロナに科学界はどう向き合うべきか
第一に力を注ぐべきは、ワクチンや治療薬の開発だ。世界の研究者が協力し全力で取り組まなければならない。感染者を判定する検査体制を充実させる必要もある。私たちも感染してさまざまな症状を示した方からのiPS細胞(人工多能性幹細胞)樹立を計画している。人によって症状が異なる原因の解明に貢献できるかもしれない。iPS細胞は肺、心臓、腎臓、血管細胞など、新型コロナが感染する細胞を作り出すことができ、治療法の開発に少しでも貢献したい。
良い変化は継承を
-コロナ禍後の日本や世界はどう変わる
現在、新型コロナの影響によって社会が大きく変化している。リモートワークを採用した働き方改革、オンラインでの授業、会議、そして診療、さらには医療機関での患者情報の共有などが進んでいる。この経験を通して、良い変化は収束後も引き継ぎ、新たな感染症の危機に立ち向かえる社会を作っていく必要がある。
-具体的にはどのような体制を整えるべきか
感染の拡大を抑えるには、国民全体で人と人の接触を減らす▽感染者を早期に発見し隔離する▽ワクチン-の3つの方法がある。国民全体の行動制限は、経済に対する影響が甚大だ。ワクチン開発には時間がかかる。鍵となるのは2番目の感染者の判定と隔離で、これまでは保健所職員らによる献身的な努力で行ってきた。これからは、アプリなどを用いた濃厚接触者の効率的な判定、そして必要な人に速やかにPCRや抗原検査を行う体制の確立が重要だ。
-新型コロナが社会に与えた影響については
これからは『新型コロナといかに共存するか』が重要。感染者の判定と隔離に力を入れるとともに、国民全員が賢い行動を粘り強く続ける必要がある。社会のいろいろな所で、数年かかると思われた変化が数カ月で起こっている。新型コロナへの対策が長期になるのは間違いないが、明けない夜はない。いつかは必ず収束する。劇的に起こった社会変化のうち、良いものに関してはポストコロナの段階でもぜひとも継続できたらと思う。
聞き手:桑村大(産経新聞)
◇
【プロフィル】山中伸弥
やまなか・しんや 大阪府出身。57歳。神戸大医学部を卒業後、臨床研修医を経て大阪市立大大学院医学研究科修了(博士)。平成19年に世界で初めてヒトのiPS細胞作製に成功し、22年から京都大iPS細胞研究所長。24(2012)年にはノーベル医学・生理学賞を受賞した。ホームページで新型コロナに関する情報を分析・発信している。新型コロナ対策の効果を分析する政府の有識者会議の委員。