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安倍晋三首相の退陣と近づく米大統領選挙という日米二つの政治空白は、拡張主義の中国にとって領土的野心への誘惑になりかねない。武漢発の新型コロナウイルスの世界的大流行以来、発生源である弱みを見せまいとして、周辺国への中国の軍事行動が目立つからだ。対中抑止のカギとして、日米同盟を核とした日米豪印4カ国戦略対話(クアッド)を強化、拡大して中国包囲網を構築する機が熟してきた。

 

 

対中国で「力の空白」を回避せよ

 

中国共産党は台湾海峡、南シナ海、東シナ海などで沿岸国の権益を侵害し、インド国境でも小競り合いを繰り返す。米国がウイルス感染の荒波にもまれているうちが「戦略的好機」と見てか、自制が効かなくなってきたのだ。

 

ここ1カ月の間も、渤海湾から南シナ海までの中国沿岸海域で軍事演習を繰り返した。特に、「空母キラー」と呼ばれるDF21Dと「グアムキラー」と呼ばれるDF26の合計4発の弾道ミサイルを南シナ海に向けて発射したことは、米空母や米軍事拠点グアムをいつでも攻撃できるとの威嚇行動であった。

 

こうした行動から国際社会は、中国の帝国主義的な野心を見抜くことになった。29日の河野太郎防衛相とエスパー米国防長官によるグアム会談は、日米両国の「政治の空白」を「力の空白」にさせないという決意の表明である。

 

日本は今年、習近平中国国家主席を国賓として迎えるはずだったが、感染症の拡大で訪日が困難になったことは幸いであった。逆に日本は、米英を中心とする諜報に関する5カ国同盟「ファイブ・アイズ」との協力を開始する構えだ。

 

従来は緩やかな協議体であったクアッドも、この6月以来、豪印のわだかまりが解消して、対話の強化が可能になった。すでにオブライエン米大統領補佐官が9月と10月に4カ国閣僚級会合を開催する計画であることを明らかにしている。インドのモディ首相は今年後半に実施する日米印による海軍軍事演習「マラバール」にオーストラリアを招待する意向といわれ、実現すれば4カ国の結束が強まる。

 

 

カギ握る東南アジア諸国

 

クアッドにベトナム、台湾、インドネシアなどを加えた「4カ国プラス」の戦略対話が可能なら、対中抑止はより強力になろう。課題は中国と南シナ海で領有権争いをする東南アジアの沿岸国を日米豪印の陣営に引き込めるかどうかだ。実は、中国の攻撃的な振る舞いが、沿岸国の危機感を覚醒させている。この数カ月間で、それまで態度が曖昧だったマレーシア、フィリピン、インドネシアでさえ、中国による南シナ海の「独り占め」の主張が2016年の国際仲裁裁判所の判決と矛盾すると表明している。

 

仮に中国が1930年代の欧州の全体主義国家と同じなら、沿岸国は米中対立を傍観できないはずだ。第二次大戦初期にナチスドイツは、ベルギー、デンマーク、オランダが中立を宣言しても、これを無視して攻撃した。これら中立国が英仏と結束して戦う姿勢を示していれば、あそこまで無残に蹂躙されなかっただろう。東南アジアの沿岸国はそうした教訓を学ぶべきだ。

 

筆者:湯浅博(国基研企画委員兼主任研究員)

 

 

国家基本問題研究所(JINF)「今週の直言」第713回(2020年8月31日)を転載しています

 

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