Interview with former Prime Minister Shinzo Abe

 

 

安倍晋三前首相が退任から10月16日で1カ月となるのを前に産経新聞の単独インタビューに応じ、連続在職で憲政史上最長となった第2次政権発足後の2822日間を振り返った。

 

[新型コロナ対策]死者抑制や治療薬開発支援に全力

 

-1月下旬以降、首相退任まで新型コロナウイルスの対応に追われた

 

感染による死亡者数をできる限り抑えるために基礎疾患がある人や高齢者への感染を徹底的に防ぐことに重点を置いた。治療薬開発の支援とノウハウの共有にも力を入れた。結果的に世界の中で日本は死亡者数や人口あたりの死亡率を低く抑えることができた。

 

-布マスクの全戸配布は批判された

 

成果は明確だ。布マスクを配布することでそれまで在庫を抱えていた業者がマスクを一斉に放出し始めた。市中での供給量も増え、価格も下がった。

 

-異例の対応が続いた。どんな思いだったか

 

(新型コロナが発生した)中国・武漢市に在留する日本人の救出は大変困難だったが、中国政府の協力も得ながら国際社会の中で日本は最も早く、自国民を救出することができた。集団感染が発生したクルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス』は責任の所在など明確なルールがない中、乗員乗客計約3700人に対応するという世界でも初の事例だった。当初国際社会から批判があったが、その後皆同じ対応をした。新型コロナの一連の対応は医療従事者の皆さんに非常に頑張っていただいた。

 

-緊急事態宣言の発令は大きな決断だった

 

現在の改正新型インフルエンザ等対策特別措置法を含め、日本は私権制限については非常に慎重だ。その中で、いかに感染を防ぐか知恵を出さなければいけない。

 

-慎重なのは憲法に緊急事態条項がないためとの指摘もある

 

そうした状況に国民が向き合わずに来たということだと思う。

 

-学校の一斉休校は混乱を招いた

 

万が一、子供たちに感染が広がり、重症化すれば国民的に相当、精神的にショックを受けたり、子供たちが感染し、親や祖父母に感染が広がったりする危険性があった。当時は多くの国ではまだ一斉休校をしていなかったが、その後世界中で一斉休校の措置をとった。『新しい日常』を作っていく上でも行動変容を促していく第一歩となった。

 

 

[歴史認識]70年談話「戦後」終わらせた

 

-平成27年の戦後70年談話は「謝罪外交」を終わらせる転換点となった

 

第1次政権で『戦後レジームからの脱却』を掲げたが、少し戦略性に欠けていたと思う。戦後50年の『村山談話』は日本のみに着目をしていたが、先の大戦は世界史的な出来事だ。地球儀を広く俯瞰(ふかん)すると同時に、長い歴史の流れを見る必要がある。第2次政権時の70年談話では歴史の時間軸を100年とった。

 

100年前の世界は、少数の独立国と多くの植民地があり、その中で日本は独立を守るために格闘していた。世界史的な観点から日本の70年前の出来事を振り返った。そして、世界が共有する価値観、世界が目指す社会像は何かを70年談話で述べたということだ。

 

-それまで定期的にぶり返してきた歴史問題は提起されにくくなった

 

70年談話と前後して豪州議会と米国上下両院合同会議での演説、その後のオバマ米大統領(当時)の広島訪問、私の真珠湾訪問へと続いた。ここで戦後を終わらせることができた。

 

-子供たちに子孫への謝罪の運命を背負わせてはならない決意だった

 

これをもって終止符を打たなければいけないという気持ちは強かった。米国での演説では謝罪ではなく『悔悟』という言葉を使った。亡くなった兵士が本来であれば持っていた未来に思いをはせると同時に、和解した豪州や米国に対する感謝に力点を置いた。慰安婦問題の日韓合意は国際社会が証人となり、『最終的かつ不可逆的な解決』を確認した。政府として『河野談話』の検証も行った。多くの人たちが歴史の真実により近づくことによって歴史問題に終止符を打つことができた。

 

 

[アベノミクス]400万人 雇用創出した

 

アベノミクスで景気は劇的に好転した

 

第2次安倍政権はマクロ政策を掲げた初めての政権だった。政権を奪還する前、米エール大学の浜田宏一名誉教授、旧大蔵省出身の高橋洋一嘉悦大教授、岩田規久男前日銀副総裁、山本幸三元地方創生担当相と話し、それまでの日本のマクロ経済政策が間違っていることに気が付いた。行き過ぎた円高で日本の製造業がどんどん海外に出ていき、連鎖倒産という言葉が日本全体を覆うなどデフレは続いていた。

 

この状況を打開するには、まず金融政策を思い切って変えないといけないと判断した。その後自民党総裁になって、物価安定目標に向けて日銀が無制限な金融緩和を行うべきだと随分思い切ったことを言ったが、首相に返り咲く前から金融市場が反応し、私の考えは正しいと確信した。

 

国内では随分批判されたが、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ米コロンビア大教授ら国際的には高く評価され、そこから『三本の矢』を打ち出した。世界共通だが、政治で一番大切なことは雇用を作ることだ。アベノミクスの効果でその後、約400万人の雇用を作り出し、高卒、大卒の就職率も過去最高の水準になった。政治として経済政策の果たすべき役割を示すことができた。

 

-消費税増税は2度延期し、2回断行した

 

消費税は安定財源で、膨らむ社会保障費の財源としては最も適切だ。一方で増税はデフレ脱却にはマイナス面もある。2度の延期は経済的負荷を避けるためだ。だが、2回の増税によって安定財源を確保し、幼児教育・保育無償化を実現したのは大きな成果だ。

 

 

[新政権への評価]菅氏 民意くみとる力

 

-菅義偉(すが・よしひで)政権は高い支持率を維持している

 

コロナ禍にある中、国民は着実に仕事ができる人を望んだのだと思う。安定感と継続性、官房長官として実績がある菅さんに対して、高く評価している。同時に菅さんは秋田県の農家出身で、ゼロから横浜市議を経て今の地位を築き上げた人。菅さんのそういう生き方への共感もあったのだろう。

 

-菅首相はどんな人か

 

非常に結果を出すことにこだわる政治家だ。究極のリアリストといったらいいかもしれない。携帯電話料金がいかに家計の重荷になっているかなど、民意をくみとることに大変たけている。

 

-既得権益の打破を打ち出した菅政権への期待は

 

菅首相は安倍政権を継承すると明確にした。国民が期待するのは感染拡大の防止と経済を両立させ、コロナ禍に打ち勝つことだ。

 

-日本学術会議の会員任命をめぐり、政府対応が問題視されている

 

おそらく、政府として事務的に積み上げた上で判断をしているのだと思う。行革には聖域を設けないというのが菅政権の方針ではないか。

 

[外交・安保と拉致]戦争に巻き込まれるリスク減らす

 

安全保障関連法は強固な日米同盟の礎となった

 

日米同盟は日米安保条約5条の米国の日本防衛義務と、6条の日本の基地提供義務で双務性という形をとり、日本が攻められた際には共同対処するが、米国に対して日本は集団的自衛権を一切行使できないという解釈の同盟だった。

 

だが、これでは同盟関係は長続きしない。共同対処する上でも、民主主義国家である米国民の支持が必要だ。戦う米兵士の両親や家族の支持が得られるか。ともに戦わないのであれば支持を得るのは非常に難しい。安保関連法によって、助け合うことができる同盟になり、日米同盟は強靱(きょうじん)になった。その結果、抑止力が高まり、日本が戦争に巻き込まれる可能性ははるかに低くなった。

 

-北朝鮮など東アジア情勢が緊迫する中、日米同盟が試されるという危機感があったのか

 

それは非常に強くあったし、今もそうだ。

 

-トランプ米大統領は北朝鮮による日本人拉致問題にたびたび言及した

 

トランプ氏には初めて(米ニューヨークの)トランプタワーで会ったときから、いかに私の政権が拉致問題を重要視しているか、日本にとって大切な問題であるかを毎回話した。実際、拉致被害者家族の横田滋さんや早紀江さん、有本明弘さんたちに会っていただき、大変強い印象を受けたと思う。

 

米国大統領として初めて国連演説で横田めぐみさんに触れ、初の米朝首脳会談では北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に私の考え方を伝えてもらった。2度目の米朝会談では、1対1の会談でもトランプ氏は拉致問題を提起した。通常であれば会談では核やミサイル問題に集中し、拉致問題を持ち出すことによって交渉を複雑化したくないはずだが、その中で取り上げてくれた。トランプ氏には感謝しているし、それだけの信頼関係を持つことができた。

 

-トランプ氏との信頼関係は世界に注目されたが、付き合うコツは

 

私のおやじはよく『外交の要諦は誠心誠意』だと話していた。私も全くそうだと思う。

 

-トランプ氏に示した誠意とは

 

国際社会はトランプ氏に非常に冷淡な雰囲気を持っていたが、私は同盟国のリーダーでもある米国大統領に対しては最大級の敬意を払わなければならないと思い、どんな会議の場でもそういう対応を取ってきた。日米の間では相当激しい議論をすることもあったが、国際会議では彼の立場がなくなるようなことはしなかった。

 

-トランプ氏と一番激しくやり合ったのは

 

貿易交渉だ。当然、在日米軍の駐留経費の話もしたが、私の説明は大体納得していた。

 

-拉致問題は解決できなかった

 

考えつく限りいろいろな挑戦をした。例えば登山の頂上にたどり着くことが完全な解決だとすれば、登り口を変えたり装備を変えたりさまざまな知恵を絞ったが、残念ながら結果を出すことができなかった。菅首相も拉致問題の経緯や本質はよく理解しているので任せて間違いない。

 

-尖閣諸島(沖縄県石垣市)に中国公船が連日接近している

 

尖閣諸島に対する中国の姿勢の裏には相当確固たる決意があると思う。それに対し、日本も確固たる決意でこの島を守り抜くことをはっきり示さなければ、むしろ日中間で紛争が起こる可能性は高まると危惧した。政権奪還後、物理的にしっかりと対応するために対応を強化した。

 

-海上保安庁長官に生え抜きを起用した

 

強い抵抗はあったが、現場で中国公船と向き合っている人たちの士気を高める必要があった。

 

-ルールを無視して海洋進出を強行する中国に対し弱腰だとの指摘がある

 

中国は日本の最大の貿易相手国だ。日本は中国への輸出や投資で大きな利益をあげ、中国も日本の投資によって雇用が生まれるなどお互いに利益を共有しており、中国とのデカップリング(分離)はできない。この現実の中でいかに中国を抑制していくかだ。

 

どんな状況になっても首脳間の交流を断ってはならないし、私が靖国神社を参拝したから(相互訪問が)駄目だというのはおかしい話で、問題があれば会って話をすべきだ。習近平国家主席の外国訪問は基本的に国賓待遇で、これまでの中国の国家主席もすべて国賓として来日した。だから儀礼上国賓としてお招きした。

 

-首相在任中の靖国神社参拝は1回だけだった

 

多くの人は私が参拝したことを忘れていたよね(笑)。参拝を見送らなければ首脳会談をしないということなら、会談はできなくてもいいと考えていた。

 

-参拝は米国にも批判された

 

任期中に一度は絶対に行かなければいけないと思っていた。ただ、その後は国益を踏まえ、どういう行動をとるべきか考えた。

 

-ロシアとの平和条約の締結を目指したのは中露関係にくさびを打つ意味もあった

 

外交は地球儀を俯瞰する観点が不可欠だ。日中関係だけでなく、日本と東南アジアの関係や中国と東南アジアの関係、あるいは日米関係はどうか、日露関係はどうかという観点から考えないといけない。東アジアの中で、より日本が強い立場を確保するための外交、安保戦略を考える中で日露関係を改善すべきだ。

 

 

[自民党、憲法改正]選挙勝利なら菅氏続投を

 

-菅首相は来年9月に自民党総裁の任期が切れる

 

個人的な見解だが、今年選ばれたばかりの菅首相を代える大義があるのかと思う。

 

-「ポスト菅」が不在ということか

 

いや、そういう人はどんどん出てくる。すでにいろいろな名前が挙がっている。ただ、来年の総裁選についていえば、衆院議員の任期が切れる来年10月までには必ず総選挙があるのだから、その選挙で勝てば当然、勝った総裁が引き続き政権を担っていくべきだ。

 

-憲法改正に向けて党の新たな態勢が決まった

 

衆院憲法審査会長に細田博之元幹事長、党憲法改正推進本部長に衛藤征士郎元衆院副議長がそれぞれ決まり、改憲に向けた態勢はできたと思う。まずは第1次政権時にできた国民投票法改正に取り掛からないといけない。野党は安倍政権のうちは議論しないと言っていたが、そういう子供じみた言い訳は通じなくなった。

 

-現在の党をどうみる

 

第2次安倍政権発足時に自民党は保守政党であると明確に打ち立てた。それは今日まで変わっていないだろう。私たちが歩んできた歴史を重んじ、そこに誇りを持つ政党であることだ。同時に自民党は自由な政党だから、いろいろな議論があって当然だが、若い議員には軸をしっかりと持ってもらいたい。

 

-首相を辞めなければよかったと思うことは

 

(首相を)続けていて(職務が)できたかどうかは別の問題だ。あの段階では、内閣改造・党役員人事をやらなければいけなかった。人事を決めてから体調が悪くなったというわけにはいかなかったので、あのタイミングしか(辞任表明は)なかった。

 

-今後の活動は

 

一議員になったので、より自由な立場でいろいろな人たちと会って話ができるし、地元(山口県)とも今まであまり交流を持つことができなかったので、皆さんの話を聞いてみたい。

 

聞き手:阿比留瑠比、小川真由美、杉本康士(産経新聞)

 

【用語説明】

 

一斉休校
新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大を防ぐため、安倍晋三首相は2月27日、全国の小中高校などに対し春休みまでの臨時休校の要請を表明した。これを受け、政府は子供の世話で休職する保護者の所得減少を支援する新たな助成金制度創設など緊急経済対策をまとめた。

 

戦後70年談話
終戦から70年となる平成27年8月14日に閣議決定された安倍晋三首相の談話。過去の談話などで「おわび」や「痛切な反省」を盛り込んだ歴代内閣の立場を「揺るぎない」とした一方、子や孫の世代が謝罪し続けることを否定した。

 

アベノミクス
「三本の矢」を柱とする安倍政権の経済政策。(1)2%の物価上昇目標が達成できるまで量的・質的金融緩和を行う大胆な金融政策(2)大規模な予算編成による機動的な財政出動(3)成長産業や雇用創出など民間投資を喚起する成長戦略-でデフレ脱却を目指した。日経平均株価は安倍氏就任前の1万円前後から7年9カ月で2万3000円超に上昇した。

 

安全保障関連法
改正武力攻撃事態法など10本と国際平和支援法の計11本の総称。平成28年3月施行。集団的自衛権の限定行使、国連平和維持活動(PKO)に参加する自衛隊が遠隔地の国連職員らを救出する「駆け付け警護」などを可能にした。

 

デカップリング
「分離」を意味する言葉。米国で対中関係を論ずる中で、軍事に転用可能な技術の流出を防ぐため相互依存関係を切り離す意味で用いられる。米中対立の激化に伴い、貿易、投資、供給網など経済全般での関係見直しを求める声もある。

 

自民党総裁選
8月28日、安倍晋三首相が体調不良により辞任を表明した。これを受けた総裁選で菅義偉官房長官が岸田文雄、石破茂両氏を大差で破り、9月16日に第99代首相に就任した。菅首相の総裁任期は安倍氏の残り期間の来年9月までで、来年も総裁選が行われる予定。

 

(肩書は当時)

 

 

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(Part1)[Bookmark] EXCLUSIVE: Shinzo Abe on Ensuring Japan’s Position in East Asia

(Part2)[Bookmark] EXCLUSIVE: After Stepping Down, Shinzo Abe Looks Back on Legacy

 

 

 

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