~~
中国の海上警備を担う海警局(海警)の権限などを定めた海警法が2月1日に施行された。法的根拠があると国内外に示すことで独自の領有権主張を展開する東・南シナ海での海警の活動を正当化し、活動を活発化させる狙いがある。中国の脅威増大に、自民党では新法整備を求める声が強まっている。
中国は海警法で、海警局の権限拡大を明文化した。しかし、権限の範囲は東・南シナ海全域とも解釈でき、海外の専門家からは国際的な海洋秩序を破壊するという指摘も出ている。
同法は、国家主権や管轄権が外国の組織や個人に侵害された場合に、「武器の使用を含めたあらゆる必要措置」をとる権利があると明記。違法行為の疑いがある外国船を追跡・監視できることも盛り込んだ。これを根拠として、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の海域で日本の漁船や巡視船を対象とする恐れがある。
懸念されるのが、法執行の権限が及ぶ範囲を「管轄海域」と定めたことだ。中国は管轄海域を、内水、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚に加え「中国が管轄するその他の海域」としており、対象範囲は広く不明確だ。あえてあいまいにして、都合よく法を解釈する余地を残す思惑がうかがわれる。
管轄海域では「海上臨時警戒区」を必要に応じて定め、船舶の航行を制限・禁止する権限も認めた。中国外務省は「国際的慣例と合致する」と主張している。
同法では、最高軍事機関である中央軍事委員会の命令で海警が「防衛作戦などの任務」にあたると定めた。海警は2018年に中央軍事委指揮下の人民武装警察部隊(武警)に編入されており「第二海軍化」がさらに進むのは必至だ。
1月22日に成立した海警法には、その直前に発足したバイデン米政権を牽制(けんせい)する狙いもあるとみられる。3月の全国人民代表大会(全人代)では、海警法も踏まえて海洋進出に関する措置の策定が進む見通しだ。
尖閣への脅威も対処に
日本政府は1月29日に国家安全保障会議(NSC)を開いて尖閣諸島周辺での態勢強化などについて議論した。中国の脅威増大に警戒を強めるが、平時でも有事でもない「グレーゾーン事態」への切れ目ない対処には欠点があり、自民党では新法整備を求める声が強まっている。
海警船は昨年1年間で過去最多の333日間、尖閣周辺に接近した。領海侵入も繰り返され、海上保安庁が専従体制を構築して警戒・監視にあたる。領海警備を一義的に担うのは海保だが、相手の船の数や装備品の能力で対処しきれない場合、政府が海上警備行動を発令し、海上自衛隊の艦艇が対処にあたる。
活動家や武装集団が不法上陸した場合は警察が一義的に対応し、対処しきれない事態では、政府は治安出動を発令して陸上自衛隊を派遣する。ここで課題となるのが、事態のエスカレートに応じて対応が自衛隊に移るまでのタイムラグだ。
海上警備行動、治安出動は閣議決定を要する。政府は平成27年にグレーゾーン事態に切れ目なく(シームレスに)対処するため電話閣議の導入を決めたが、自民党関係者は「今回の海警法を見ると、中国がつけ入る隙がある」と話す。
海警法で海警は「中央軍事委員会の命令に基づき、防衛作戦の任務を遂行する」と規定された。この意味を防衛相経験者は「命令一つで目の前の法執行機関が軍に切り替わるということだ」と説明する。海警艦艇に武装レベルが高い人民武装警察部隊(武警)が乗り込む可能性もあり、「海保や警察で太刀打ちできるのか」との課題がある。
そこで自民党内で浮上しているのが領域警備法の整備だ。海上警備行動や治安出動が発令される前の平時でも、一定の条件で海保や警察と同様の活動を自衛隊に認めるもので、タイムラグの解消が期待できる。
もっとも、法整備は過去に何度も議論されてきたが、成立に至っていない。政府関係者によると、国土交通省所管の海保、警察には自衛隊が前面に出ることへの反対が根強いという。
岸信夫防衛相は1月29日の記者会見で海警法への対応について「自民党の意見も伺いつつ関係省庁と連携し、万全の態勢をつくりたい」としたが、「簡単ではない」(自民党ベテラン)との声が早くも漏れている。
筆者:大橋拓史、三塚聖平(産経新聞)