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「朝焼け小焼けだ、大漁だ」。イワシといえば、まず詩人の金子みすゞが、イワシ漁を見ながら書いた「大漁」が思い浮かぶ。人間にとって、重要なタンパク源であるだけではない。魚類から鯨やイルカ、海鳥まで、様々(さまざま)な生き物に捕食されてきた。
ところがこちらのイワシは全長1.4メートル、体重25キロに達している。セキトリイワシの一種らしいが、大きさは4倍近い。遊泳能力も高く、胃袋をのぞくと消化された魚が見つかった。食物連鎖の頂点に立つ捕食者の新種として、「ヨコヅナイワシ」と名付けられた。
ヨコヅナイワシが見つかったのは、静岡県沖、駿河湾の水深2千メートルを超す深海である。駿河湾は日本一深い湾として知られている。深海は光が届かないために、植物プランクトンが光合成を行えない。餌が不足しているために、一般的には生き物の数が少ないとされる。
もっとも、陸のすぐ近くに深海が迫っているのが駿河湾の特徴である。富士山の雪解け水など、大量の物質が流れ込み、恵みをもたらしていると考えられる。深海ザメのなかでも幻のサメとして知られる、メガマウスも生息している。謎の多い駿河湾からは今後も新種の生物が発見されるだろう。
謎といえば、大規模地震の問題がはずせない。駿河湾の海底では、駿河トラフと呼ばれる細長い溝がある。これは西側のユーラシアプレートと東側のフィリピン海プレートの境目で、ひずみが蓄積されていることがわかっている。
周辺地域では、1854年の安政東海地震の発生から現在まで160年以上にわたり大規模地震が発生していない。このため「いつ起こってもおかしくない」と警告され続けてきた。いずれにしても、日本一深い湾からは目が離せない。
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2021年1月27日付産経新聞【産経抄】を転載しています