China Explaining the Congress

FILE - In this July 8, 2016, file photo released by Xinhua News Agency, Chinese missile frigate Yuncheng launches an anti-ship missile during a military exercise in the waters near south China's Hainan Island and Paracel Islands. Ahead of the 2021 annual Congress meetings, China is continuing its military buildup and recently passed a law authorizing its coast guard to use force to remove foreign presences in what it considers Chinese waters and islands. (Zha Chunming/Xinhua via AP, File)

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日本人は危機を考えることが苦手なのかもしれない。最近ようやく中国が台湾の武力統一に乗り出す「台湾有事」の可能性がさかんに論じられるようになったが、今でも「武力統一など議論の対象になっても現実にはあり得ない」という識者、専門家が少なくない。「有事などあってほしくない」という気持ちは分からないでもないが、しかし、楽観論に安住し、危機を考えることもしないのであれば、安全保障など成り立たない。

 

中国は、台湾を不可分の領土であると認識し、国際社会に向かって「核心的利益」と公言している。これはつまり、いかなる手段を用いても台湾を中国共産党政権の統治下に置く意志を持っているということである。

 

同じく中国が不可分の一部とする香港が、どのような状況に置かれたか。香港は英国から中国に返還されたものであり、武力統一されたものではないから、実態的にみて別の国となっている台湾と同列に論じることはできないが、中国が国際社会の厳しい批判をものともせず、香港を弾圧し、「中国化」を押し付け続ける背景に、人民解放軍の軍事力があるのは厳然とした事実である。

 

台湾について言えば、まず軍事的な圧力を背景に、経済的利益で台湾世論を親中、中台統一に誘導しようというのが、現在、中国が進めている戦略だが、その先に見えるのは武力統一のシナリオである。親中的世論が醸成されたところで、人民解放軍が出ていけば統一反対派の制圧も容易になるという発想が、透けて見えている。

 

 

無論、さまざまなシナリオを無数につくるのが軍事の世界だから、中国が必ずしも武力統一のシナリオを選ぶとは限らないが、だからといってその可能性に目を閉ざすのも誤りだ。重要なのは、今の中国がどのような国家なのか冷静に見て、さまざまなシナリオに備えることなのである。

 

習近平政権が発足した当時、中国はあくまで既存の国際秩序、国際ルールの下での国力拡大を目指していたが、この10年近くで軍事力を増強し、経済力をつけ、米国に対抗しようとする覇権国家となるに至り、大きく変わった。南シナ海での人工島基地整備をみても分かるように、今や中国は単なる外交交渉で、その覇権主義的な行動を改めさせることは困難な国となっている。既存の国際ルールに従うのではなく、自国のやり方に基づき国際ルールを作っていこうとしているのが今の中国であり、これを制御するには力を背景とした外交と抑止しかなくなっている。

 

少なくとも私たちは、この現実を直視しなければなるまい。

 

尖閣諸島周辺海域を航行する武装した中国海警察局の船舶

 

米大部隊が日本に展開する日

 

台湾有事で中国の武力統一を阻む要が米国の軍事力であることはいうまでもないが、日本にも同盟国として重要な役割がある。「台湾防衛のために日本も防衛力を強化せよ」などという議論をしようというのではない。その種の議論も重要かつ必要であるが、いま一番に問題とすべきは、もっと違った問題だ。つまり、台湾有事の際に米軍の前衛拠点になるのは日本なのに、その肝心の日本で、心構えも準備も全くなされてないということなのだ。

 

軍事戦略上、中国の人民解放軍が台湾に対し攻撃、上陸した段階、いや、その明らかな兆候があった段階で、米軍が抑止のためにも大規模な部隊を日本に展開することになるのは常識といっていい。しかし、それはおそらく多くの日本人の予想を超える規模になる。

 

1990年のイラクによるクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争を参考に予想すれば、おそらく海軍は空母部隊を5~6個部隊、空軍は航空機800機規模を展開し、上陸戦などに臨む海兵隊も沖縄駐留の第3海兵遠征軍(3MEF)に加えカリフォルニアの第1海兵遠征軍(1MEF)も展開する。日本はそれだけの部隊のための後方支援を求められるのだ。食料や燃料・弾薬も初めは米軍が自ら搭載してくるが、抑止段階からの長期展開となると、その供給(一時備蓄も含む)は日本の任務となる。

 

これは大変なことである。米空母部隊は空母1隻と多数の護衛艦艇からなるが、それが6個部隊となればトータルで50隻規模、追加の艦艇をいれれば100隻規模、乗組員や艦載機の搭乗員で数万人規模となり、食料だけでもかなりの量を要し、さらに膨大な燃料と弾薬が加わる。米国との事前協議や法令上の問題整理、予算措置の検討などを進めておかなければ対応できる話ではない。

 

軍艦は主に洋上に展開するが、空軍は800機規模となると自衛隊の基地だけでは足りないから、一般の飛行場も使わねばならない。オスプレイを配備するだけで反対運動が起きる日本で、どうやって世論の理解を得るのか、今の日本に、そのことを真面目に考えている政治家や官僚はいるだろうか。

 

2018年4月、南シナ海の人民解放軍海軍艦隊を視察する習近平・中国国家主席(AP)

 

台湾有事の備えなき日本

 

戦争は、事前の準備が明暗を分ける。湾岸戦争の時に米軍がクウェートを解放できたのも周辺国で拠点を整備して入念に準備したうえで攻撃したからであり、台湾防衛にも、いま述べたような充実した後方支援が不可欠である。東アジアには、他にも韓国やフィリピンもあるが、日台の距離の近さ、日米の親密さなどを考えれば、この役割を担うのは日本しかない。

 

その意味では、台湾の人々の自由を守れるか否かは、日本にかかっている。米国に言われるから仕方なくやるのではない。日本が独立国として、取り組むべき問題なのだ。

 

さらに言えば、これは単なる米軍への後方支援の話ではない。日本周辺に展開する米軍部隊を中国の攻撃から守るのは、日本の自衛隊の任務である。台湾有事が、集団的自衛権の行使が許される法律上の「存立危機事態」といえるか、ここで議論する紙幅はないが、少なくとも、米軍が展開する基地や日本周辺海域を防衛することは、まさに日本の領土、領海、そして日本国民を守ることである。台湾有事は、すなわち日本有事なのだ。

 

こう書くと「日本を戦争に巻き込むのか」という批判も聞こえてきそうだが、日本が米軍をスムーズに展開させれば、中国が軍事行動を思いとどまる可能性、つまり抑止が効くことにもなる。つまり中国を抑止できるか否かは、日本にかかっているといっても過言ではないのだ。

 

にもかかわらず、いまの日本にその準備はまったくない。安保関連法で集団的自衛権行使は可能になったが、危機を想定し、準備をするということが、相変わらずできないのだ。新型コロナウイルス対策や後継首相を決める自民党総裁選の政局に追われているせいか、政治家も官僚もほとんど議論しない。

 

しかし、考えてみてほしい。最近、アフガニスタンで何があったか。政府は500人にも及ぶ邦人と協力者を退避させるつもりで自衛隊機を派遣したが、1日違いで、わずか15人しか救い出せないという結果に終わった。危機は1日の遅れが取り返しのつかない失敗につながる。台湾有事で同じ失敗を繰り返せば、もっと重大な結果を招くのだ。

 

中国はいつ軍事行動を始めるともしれないし、厳密にいえば、すでにその決断を下している可能性もないとはいえない。もはや一日の猶予もないのである。

 

 

筆者:香田洋二(こうだ・ようじ)
元自衛艦隊司令官。昭和24年生まれ。防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊。平成15年に海将に昇任し、以後、自衛艦隊司令官などを務め退官。国家安全保障局顧問会議メンバーなどを歴任。著書に「賛成・反対を言う前の集団的自衛権入門」(幻冬舎新書)などがある。

 

 

2021年9月10日付産経新聞の寄稿記事【The 考】を転載しています

 

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