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新型コロナウイルスワクチンの開発に貢献した米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ客員教授(66)らが10月、2021年ノーベル医学・生理学賞の有力候補として大きくクローズアップされた。カリコ氏らは、ウイルスの遺伝物質であるメッセンジャーRNA(mRNA)を人工的に合成し、投与する方法を確立。mRNAを使ったコロナワクチンは世界中で投与され、感染拡大を防いだが、この功績は約30年前、mRNAワクチンに不可欠な構造の発見がなければなしえなかった。その〝影の立役者〟は、ある日本人の研究者だった。
人工のmRNAから免疫
その研究者は、新潟薬科大の古市泰宏・客員教授(80)。コロナワクチンの実現につながったカリコ氏の発見を、古市氏は「分子生物学にとっては新大陸を発見したようなものだ」と高く評価する。
mRNAは、生物やウイルスに含まれ、「設計図」にあたる遺伝情報を伝達する役割を担う分子だ。米製薬大手ファイザーやモデルナの新型コロナウイルスワクチンには、人工的に作られたmRNAが含まれ、コロナウイルス表面の突起(スパイク)の設計図を伝える。ワクチンを接種すると、体内でこの情報を基にウイルスと同じスパイクタンパク質が合成され、免疫細胞が反応してそれに対する抗体ができる。これがコロナウイルスに対する免疫になるという仕組みだ。
mRNAワクチンは弱毒化したウイルスを使う従来のワクチンに比べて設計が容易な上、生産する際に培養などの工程が不要だ。ただ、こうしたメリットの一方で、mRNAをそのまま細胞内に注入しても異物として排除されてしまうため、ワクチンとしての使用は不可能とされてきた。
mRNAが排除されないようにしたのがカリコ氏のグループの研究成果だが、それに先立つ古市氏の発見がなければ、ワクチンの実用化は難しかった。
先端部の「キャップ」構造を発見
ウイルスの遺伝情報についての研究に打ち込んでいた古市氏は、米国の研究所に留学していた1975年、蚕に感染するウイルスのmRNAの先端部に「キャップ」という特徴的な構造がみられることを発表した。キャップ構造は、壊れやすいmRNAを長時間にわたって安定させ、タンパク質合成の効率を上げる役割を果たしていた。多くの生物やウイルスに共通する構造であることも判明。現在ではこの構造は、生物学の教科書にも記載されている。
古市氏の発見から30年後の2005年、カリコ氏のグループはmRNAが異物として排除されることなく細胞内に入り込めるようにすることに成功したことを発表。mRNAを構成する「ウリジン」という物質を、よく似た別の物質に置き換える画期的なアイデアで、mRNAワクチンの実用化を可能にした。
来年以降も期待
古市氏が発見したキャップ構造と、カリコ氏らのアイデアが両輪となって実現したmRNAワクチンは、コロナ禍で初めて実用化された。「思わぬ形で世の中の役に立てた。素晴らしい経験ができた」。古市氏はそう語る。
コロナワクチンは世界中で接種が進み、古市氏も今年6月、自宅がある神奈川県鎌倉市で集団接種を受けたという。「関わってきた身として、ワクチンの接種を受けたときの喜びはひとしおだった」と古市氏。カリコ氏らの功績は世界中で「ノーベル賞級の発見」と評価されており、来年以降にノーベル賞を受賞する可能性も大いにあると期待されている。
筆者:花輪理徳(産経新聞)
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2021年10月30日産経ニュース【びっくりサイエンス】を転載しています