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日本やアジアで新型コロナの重症者や死者が欧米に比べ少ないのは、感染や症状進行を阻む謎の要因「ファクターX」が存在するのではないかと早くから指摘されてきた。正体が分かれば効率的な治療が可能になるため研究が急ピッチで進み、素顔の一端が見えたとする発表が相次いでいる。だが専門家は、韓国の失敗を例に挙げながら「ファクターXのことが分かってきたとしても油断大敵で、ワクチン接種や日常対策の重要性が変わることはない」と警鐘を鳴らしている。
ノーベル賞の山中氏が拍車
ファクターXが存在する可能性は、新型コロナの世界的な拡大が始まっていた令和2年の春ごろから指摘されていた。当時、人口100万人当たりの死者は米国が約300人、英国で約600人など、欧米主要国で3桁に上ったのに対し、日本や中国、インドネシアなどアジア各国は1桁台と非常に少なく、この理由の解明に興味を抱く研究者が多かった。さらに、ノーベル賞受賞者の山中伸弥・京都大教授が「解明すれば対策に生かせるはずだ」と指摘したことで、社会にも広く知られるようになった。
こういった背景から同年5月、慶応大、東京大、京都大、大阪大など100を超える研究機関がタスクフォースを結成し、新型コロナ重症化に関わる日本人特有の要因を解き明かす共同研究を開始。1年後の昨年5月に、要因の有力な候補を突き止めたと発表した。
1つは遺伝子の変異だ。ゲノム(全遺伝情報)の中で、免疫の仕組みに重要な役割を担う「DOCK2」という部分に特定の変異がある日本人は、変異がない人に比べ重症化リスクが2倍だった。この変異は日本人では約10%の高頻度で見られるが、欧米人にはほとんど見られないという。
もう1つは血液型だ。日本人の血液型の割合はA型約40%、O型約30%、B型約20%、AB型約10%だが、重症者では0型が6・3ポイント少なく、AB型は3・8ポイント多かった。A型、B型は差がなかった。重症化リスクを試算すると、A型、B型に比べてAB型は1・4倍、O型は0・8倍となった。日本人は比較的O型が多くAB型が少ないことから、重症者が少ない状況と一致しているように見える。
正体の一部を理研が解明
一方、理化学研究所は先月、「日本人に多い特定の免疫タイプが、ファクターXの一部であるらしいことを解明した」と発表した。
研究チームは、日本人の約6割が持っているが、欧米人は1~2割しか持たない「HLA-A24」という免疫タイプに着目。この免疫タイプの細胞に新型コロナが感染すると、細胞の表面に「QYI」と呼ばれる物質が現れ、免疫反応で大きな役割を果たすキラーT細胞の1種が、QYIを目印に感染細胞を効果的に破壊する仕組みを解明した。
この仕組みは、風邪をひき起こす季節性コロナウイルスに対する免疫反応と同じだ。キラーT細胞が風邪にかかった状態を記憶し、季節性ウイルスと似た新型コロナウイルスに対しても同様の反応を示す「交差免疫」をもたらすとみている。
同じ免疫タイプで、新型コロナ未感染の18人から細胞を採取しQYIを加えたところ、8割以上に当たる15人の細胞でキラーT細胞が反応して増殖した。そのため、チームは日本人にこの免疫タイプが多いことがファクターXの一部であるらしいと結論づけた。
研究成果について産経新聞などが報じたところ、SNSには「ファクターXは本当にあったのか」と称賛する書き込みがあふれる一方で、「ファクターXがあるならワクチン接種は不要だ」「日本人は新型コロナに強いからマスクなどの対策はもういらない」などと受け止める人も見られた。
「ワクチン不要」は誤解
この状況について、大阪大の宮坂昌之名誉教授(免疫学)は「大きな誤解が生じており、非常に危険だ」と指摘する。
宮坂名誉教授は、理研の研究について、QYIを標的とした新たなワクチンを開発できる可能性を開いたとして、高く評価した。ただ、ファクターXかどうかについては「研究チームも認めている通り、その一端である可能性が示されたに過ぎず、確定的な判断には本当にこの免疫タイプが重症化しにくいのか、さらなる検証が必要だ。とうてい油断できる段階ではない」と説明した。
また、「仮にファクターXが確認されたとしても、ワクチン接種やマスクの着用、密な状態の回避といった日常の対策の重要性は全く揺るがない」とも話す。
その理由として、韓国の例を挙げる。日本と同様にHLA-A24を持つ人が6割いる韓国は、昨年11月にワクチン接種率が6割に達して感染者が激減。そこで飲食店利用や私的な集まりの人数制限を解除し、新型コロナとの共存策に切り替えたが、わずか2週間で感染者が急増に転じた。
宮坂氏は「ファクターXがあったとしても、それほど高い効果があるものではなく、新型コロナが簡単に乗り越えられる程度でしかないことの証拠だ。韓国の失敗から、新型コロナは油断大敵であることを学ばなくてはならない」と語る。
ファクターXの存在や正体が解明されれば、新治療法の開発や医療態勢の整備につながる。だが、実際にきちんと解明されるまでは「リスクマネジメントの観点からも、最悪のシナリオを想定した準備態勢を国と国民の両方が続けていくべきだ」と、安易な油断を戒めた。
筆者:伊藤壽一郎(産経新聞)
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2022年1月9日産経ニュース【クローズアップ科学】を転載しています