3月2日、ウクライナに侵攻したロシアを非難する決議を採択した国連総会の緊急特別会合(AP)
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ウクライナに侵攻したロシアへの非難決議案が今月、国連総会の緊急特別会合で、圧倒的多数の賛成で採択された。当然の結果といえるが、世界に衝撃を与えたのは、日米豪とともにクアッドを構成する民主主義大国インドの「棄権」という離反行為だった。
ロシアへの非難決議案の是非が最初に問われたのは、これより先の先月25日に行われた国連安全保障理事会での採決だ。常任理事国ロシアの拒否権行使で不採択になったのは予想されたことだが、ここでまず、非常任理事国のインドが中国などと共に棄権した。
すると安保理は2日後、米国などの求めを受け国連総会に決議の審議を要請することを決めた。議事手続きをめぐる投票では常任理事国は拒否権を使えない。賛成多数で決まったが、ここでもインドは棄権した。
迎えた今月2日の国連総会(加盟193カ国)。日米など先進7カ国(G7)を含む141カ国が賛成し、ロシア、北朝鮮など5カ国が反対した。棄権35カ国の中に、またもやインドの国名があった。
領土拡大の暴挙を黙認
ロシアのウクライナ侵攻をどう判断するかは、民主主義や人権尊重の価値観を共有するなら非難以外に選択肢はない。特にインドは、国境を接する中国から軍事的圧力を受け、領土拡張主義を非難してきたはずだ。それにもかかわらず、ロシアの暴挙を黙認するかのような決定を下した。
バイデン米大統領はこの日、「インドが棄権した」と名指しした。ルー米国務次官補(南・中央アジア担当)も上院公聴会で、「ロシアによる侵略を非難する共同の対応の重要性を強調すべくインドに密接に働きかけている」と証言した。
棄権の理由についてインドは、外務省報道官が「非常に慎重な熟慮に基づいたものだ」などと述べている。ティルムルティ国連大使は声明で、ウクライナで立ち往生しているインド人の避難のためにロシアとウクライナの協力が必要だと強調したが、それはインドに限った話ではない。
一般的に理解されているインドの実際の事情というのは、武器の輸入など安全保障で関係の深いロシアを重視したということだ。
東西冷戦期、いずれの陣営にも属さない「非同盟」を標榜(ひょうぼう)したインドは、現実には武器の輸入の多くをソ連に頼っていた。1971年、両国は平和友好協力条約を結んでいる。ソ連のアフガニスタン侵攻を止めるため、パキスタンが米国の重要なパートナーとなる中、カシミール問題でパキスタンと対立するインドはソ連側とみなされた。
しかし冷戦後、ソ連はアフガンから撤退し、米国はパキスタンよりインドとの関係を深めていく。ただ、インドはその後もソ連の後を受けたロシアとの友好関係を重視し、今もかなりの武器供給を頼っているだけでなく、中国の脅威に対抗するため軍事大国ロシアとの関係に固執している。
冷戦期の思考に逆戻り
ただ、インドのモディ首相は2014年の就任直後、こうした冷戦期の思考からの脱却も見せた。16年、インドは非同盟諸国会議の創設メンバー国だったのに、モディ氏は本格政権の首相として初めてこの首脳会議を欠席した。冷戦が終結し、中国の脅威が高まる中で、安全保障や経済で日米との関係を強化するモディ氏の外交姿勢を反映した決定だったが、今回の国連での態度は冷戦期に逆戻りしたような印象がある。
時代は今、自由と強権に二分される世界でどう生き抜くかだ。隣国を軍事侵攻し、領土を力ずくで拡大しようなどという発想は、自由を重んじる国々では決して受け入れられず「非難」の対象でしかない。「棄権」などありえないのだ。
インドの官僚が金科玉条のように唱えてきたのは、非同盟以来の「全方位外交」だ。常に西側諸国と中露の間でバランスを取ろうとする。モディ氏は首相就任時、こうした時代遅れの政策にとらわれない政治判断を見せたが、近ごろは旧態依然の官僚の発想に引きずられている。自国を世界最大の民主主義国家と自任するなら矛盾しない行動を示してほしい。今月、インドでモディ氏と首脳会談を行う方向で調整中の岸田文雄首相にも、インドをしっかり民主主義陣営に引き込んでもらいたい。
筆者:岩田智雄(産経新聞大阪編集長)
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2022年3月16日付産経新聞(大阪夕刊)【西論プラス】を転載しています